しかし、黒いローブを靡かせている人物はその場から一歩も動かなかった。

動いたのは、輝く剣を持った片手。

その片手は天井に向かって振り上げられ、女児が彼の攻撃範囲内に入った瞬間に無情に振り下ろされた。

眩い光がフロア全体を飲み込むように広がった。

その後、球体の光が無数に現れ、そのまま重力に逆いながら舞い散った。

それはまるで、蛍が夏に川に居るような風景だった。

都市化したこの環境では昔のように蛍が川辺に居る風景は見れない。

その光景に妙な懐かしさを感じた。

俺はそれを、全く覚えていないのに。


「お前は、この世界をどう思う?」

「は、……はい?」


不意に問いかけられる質疑に、俺は戸惑いを隠せなかった。

突然「この世界についてどう感じる?」と問いかけられても、過半数以上は即座に答えられないと思うのだが。


「……特に考えた事は無い、かな」


正直にそう答えると、彼は俺へ顔だけ向けて鼻で笑った。


「俺はこの世界を変える」


舞い上がっていた光が完全に消えたと同時に、そう呟いた彼。

片手に握られていた剣もそれに合わせて微粒子のように消える。

そして彼はまた、俺の方に顔だけ向けた。

端から見れば、双子かと思うだろう。

実際は、双子かどうかも分からないのだが。


「……さっきの子は?」


聞きたい事は色々あった筈。

だが、カラカラの喉を通して出てきた最初の言葉は俺に凶器を向けて来た女児の心配だった。

その問いに彼は溜息をつきながら、ある一部分に視線をうつした。

その視線の先に女児の姿は無く、ただ無惨になった光景が広がっていただけだった。


「お前の目は節穴か?」


嘲笑うように呟いた彼は、ローブを翻しながら今度は俺の方に身体を向ける。

動いた足元でガラスの欠片が割れる音が小さく響いた。


「俺が、……還した」

「は……?」

「……お前、脳みそ働いてるのか?」


彼の挑発にすら反論出来ない程、それは非現実だった。

でも俺は絶対に、彼が居なければ女児に刺されて此処で命を落としていた。

だが、それは女児が消えてしまう理由にはならない。

彼の言う「還した」は、"殺害した"という意味なのか。

それとも、"消した"という意味なのか。

突然現れた酷似人物が謎の武器で女児を斬り、あまつさえ女児の存在を無かった事のように振る舞い「還した」という一言で済まして納得出来る程の許容量を、俺は持ち合わせていない。