でもそれだけで終わるなら今日はいいほうだ。

スキップして周りに音符を並べて彼女は「じゃあね~」と嬉しそうに事務所を出て行った。

 ふう、とため息を一つこぼし、オレはぐっと背中を伸ばす。


 そのときだ、そろりと扉が開かれた。


「まだなんか……っ!」

「こ、こんにちは」

 オレは彼女だと思っていたから久しぶりに見たことない人が訪れたので、逆に驚いてしまう。

 おどおどと挙動不審な動きを見せる彼に、ようやく『恋愛屋』としての仕事が舞い込んだことに気づく。

「す、すみません!どうぞ」

 慌ててソファに促すと、何かに怯えたようにカバンを抱き締めたままラフなシャツ姿の男性がゆっくりすわる。

「ようこそ、『理想恋愛屋』へいらっしゃいました」

 向かい側に座り、軽く頭を下げる。

「あ、あの……」

「ああ、すみません、社長の葵です」

 名刺を差し出すとおずおずと受けとる。

 いつものように簡単な登録票をバインダーにはさんで記入してもらう。


 いわゆる結婚相談所·恋愛相談所の類であるこの『理想恋愛屋』。

オレ一人でなんとか切り盛りしている。

 たかが30手前の男だ。

そう顧客がいるわけじゃないが、何とかツテを頼って今まで生きながらえている。


最近は、大きな顧客もついた。

ちょっと──いや、かなりクセのあるコブ付だけどな。


「あ、あの」

「はい、なんですか?」

 得意の営業スマイルを疑うことなく、少し小声で問われる。

「本当にココって、働いてるの社長さんだけなんですよね?」