あんなに弱弱しく泣いていたあの瞳は、すでに野生に戻っていた。

 そんな肉食動物のような眼光にオレは勝てるわけもなくて、声を発するコトさえできなかった。


「遥姫……」

 兄の声に反応して、すこしだけあの大きな瞳が揺れた。


「萌さん、でしたよね」

 女子高生とは思えないほど、凄みを含ませたその声。

「は、はい」

 萌の答えに、彼女は一歩前に出る。


 なんだ、戦いが始まるのか!?

オレの恐ろしい予想が、焦りへと駆り立てる。




 彼女クセ毛がふわっと宙を舞って、艶をだすようにうなだれる。


「兄のこと、よろしくお願いします」

 キレイなお辞儀だった。


 多分、そこにいる誰もが驚いていた。

言葉を失ったオレたちに対して、萌だけは違った。


「…ええ、わかりました」

 優しいのに、どこか強いその視線は彼女に向けられていた。

 ぱっと顔をあげた彼女は、くるりと向きを変えて部屋を出ていってしまう。


 展開に頭が追いついていなかったけど。

少しでも彼女の想いが報われたんじゃないか、とオレは思う。


「じゃ、じゃあ、これで!」

 思い出したようにオレは言葉を残して、部屋を飛び出た。

「葵さん!」

 兄に呼び止められたオレは、顔だけひょっこり出す。

「遥姫をよろしく頼みます」

 なんだか父親から嫁をもらうみたいな気恥ずかしさ。

萌に対する切なさだってあるけれど、彼女に振り回されていたらそんなのどっかに吹っ飛んだ。


 かなり強引だし、ヒネクレ者だけど。

「……まあ、できる限り」

 苦笑いを返して、オレはもう一度走り出した。