顔の火照りが収まる頃、ようやく控え室に戻る。

「やっときた、葵チャン!どこいってたのよっ」

 ドン、とぶつかるように懐に飛び込んでくる秋さんは、未だ衣装を身に着けたままだ。

相当お気に入りの様子だ。


「ちょ、ちょっと、お手洗いに……」

 ハハハ、と苦笑いを返すと、秋さんは可愛らしく小首を傾げてきた。


「あれれー?さっき遥姫も行ったんだけど、会わなかった?」


 ……へ?彼女が、この部屋を出た?

控え室からトイレまでは、あの玄関口前の廊下を通らねばならない。


 オレの体中の血の気がサーッと引いていく。

いや、そもそも沈黙の時間が大多数だったし、さすがにぼそぼそと小さな声で聞かれていないかもしれない。

例え聞こえていても、どのタイミングの話を耳にしたかもわからない。


 そう、大丈夫!……の、はず。…………多分。

自問自答してオレの後ろで扉が開く。


「おかえり、遥姫ー」

 腕にぴっとり離れない秋さんがヒラリと手を上げる。

その瞬間、ピクと緊張したのは言うまでもない。

彼女がひたひたと歩き、テーブルにおいてある紙コップを手にする。


「………」

「……なによ、さっきからキモチワルイわね」

 オレの視線に気づいた彼女が不審がる。

「べ、べつに、なんでもない!」

 慌ててそっぽを向いて、納得した。


 よし、大丈夫。聞かれていない!

思わず、誰にも見られないように小さなガッツポーズを決めてしまった。


.