その瞬間。

 ゲコ!!



 ……っていうか、『げこ』!?


 俯いて砂利を見つめていたオレは、ばっと顔を上げた。


そこには息を切らして、真っ赤な顔をした彼女。


「ダメなんだからっ!」

「きゃっ……蛙!?」

 萌の白いワンピースにまだ小さな蛙が飛びついていた。


 昭和の漫画でこういうやつあったよな。
って、そうなのんきな話をしている場合じゃない。


 どうやら池の周りにいた蛙をブン投げたようだ。

度胸があるといか、周りが見えていないというか。

蛙に騒ぎもしない女子高生なんて。


 さすがの兄も驚いたようで、口が開きっぱなしになっていた。


「そんな中途半端、あたしは認めない!」

 どこか潤んでいる瞳をまっすぐに兄にぶつける。

それに応えるように兄はこっちに向かってきた。


「遥姫……」

 次の瞬間、パンッと聞いてるほうが痛い音が響く。

兄の大きな手が彼女の白い頬を掠めて、じんわりと赤く染めた。


 大好きな兄に叩かれた彼女は、放心するかのように左の頬を抑えていた。


「ちょ……!」

「葵さんは黙っててください」

 今までのんびりとした雰囲気はどこへやら、鋭い言葉にオレも口を塞いだ。


「いい加減にしなさい、遥姫」

 しばらく沈黙が続いた。

さっきとはちがう冷たい空気がその場を包む。

ぽちゃんと飛び跳ねた鯉も、寂しささえ感じてしまうほど。


「……ちゃんの…」

 震える細い肩。


「お兄ちゃんの、馬鹿」

 あのいつも事務所にやってくるときの地球をかち割ってしまうんじゃないかってくらいの叫び声ではなかった。

静かに、そっと割れ物を置くようにつぶやいた。


そのまま彼女は、揺れる瞳を隠すよう走り去ってしまった。


「匠さんっ!」

 さすがにキツすぎるんじゃ、って言葉は、スッと差し出されたその手で制された。


「葵さんには話しておきますね」

 穏やかだけどどこか憂いを帯びたその言葉を、オレは飲み込むように受け入れた。


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