「ふぅ~ん…」

 彼女はチケットからオレに視線をずらし、口端を吊り上げて見上げてきた。


 窓の外では、世話しなく蝉が鳴き続け。

冷房が効いているはずのこの事務所で、オレの汗も止まることなく体中から噴出している。


 悪魔が牙をもったら何になるんだろう?

そもそも牙を持ってきたのは、彼女の手先だったことに今更になって気づく。


 なにが救世主、だ。

やっぱり彼は彼でしかない。

そして、彼女もまた、彼女でしかないのだ。


「これで温泉行きは4人までってことね?」

 大きなつり目がちの瞳でウインクされると、ポケットからはちらりと見え隠れするほどの紙切れ。


 …いや、それはプロマイド写真で、しかも、うっすらと見覚えのあるシルエットが映し出している。


 くるくる巻かれた黒髪、顔を覆っているのはやけに角ばっている手。
少しイカつい骨格には、ワンピースっぽいものを纏っていた。


 悪寒がゾワゾワと背中を駆け抜けた。


 もしかしなくても、それはオレの人生の汚点の証拠……。


 彼女のクスリと忍び笑いが、イヤになるくらい鼓膜にこびりついたのを、オレは一生忘れないだろう。


「楽しみね、……ヒマワリちゃん?」





 ポケットにねじ込まれた夢へのチケットは、一緒に肩を落としてくれているはずだ。


 そしてなによりも。

オレの夏のバカンスが、無残にもいつもの騒がしい日常の延長戦へと変わった瞬間だった―……