「んな……!!」

 彼女の言葉を理解するのに時間を要してしまった。


だって直訳すれば…、

『オレが彼女を温泉に誘う』ってことだ。


「冗談もいい加減にしてくれよ…」

 一瞬動揺したけれど、そんな彼女の罠にひっかかるわけにはいかない。

どうせ油断したスキにチケットを奪って、オレは一人でお留守番って展開にきまってるんだ。

ここはあくまでも冷静に対応することが求められている!


 脳内変換を済まして肩をがっくり落とす。

でも温泉チケットのプリントは、しっかりたたんでズボンのポケットにねじ込む。


 静かな事務所が怖くなり、ゆっくり顔をあげる。

だまされなかったことに舌打ちでもするかと思ったら、彼女はさっきより不機嫌そうに睨みつけていた。

「な、んだよ……」

 嫌な汗がじわりと滴り、やけに喉が渇いた。

「……葵のバカ」

 それはたった一言だけど、今までとは全然雰囲気が違う。

静かに放たれて、部屋に響き渡るようにオレの胸を突き刺した。


 確かに、事務所に来たときから、彼女の様子は明らかにおかしかった。


静かに開かれる扉。

温泉チケットとわかっても、確認しただけで返却した。

誘え、という罠にひっかからないことへのリアクション。



 やっぱりなにかあったんだ……。


 オレのおせっかい虫がニョキニョキ姿を現す。


「おい、はる……」

 背を向けてしまった彼女に、名前を呼んだときだった。