ちょっと待て!
と、必死に己に自制をかける。

飛び出そうなほど心臓がバクバクしていて、いつばれてしまうのかと内心かなり焦っていた。


「…そのまま。後ろ、向いて?」


 恥じらう彼女に、なぜだかこちらまで照れ臭くなる。

大きなつり目がちの瞳は、まるでおねだりする子猫のよう。


 オレは完全に我を忘れてしまっていた。



 ……そう、悪魔の囁きの通りにしてしまったのだ。




 くるりと体を回すと、変な期待と嫌な汗が混じる背中に意識が集まる。

 案外カワイイところもあるんだな、なんてくすぐったい気持ちに陶酔した、その刹那。

ひょい、といとも簡単に後ろでにしていた手のひらからオレの宝物がひっこ抜かれた。


 ようやく、まんまと彼女の罠にかかってしまったことに気付いたのだ。


「あ。」

 ゆっくり震える手のひらを目の前で広げると、ガタガタした生命線がくっきり見えた。

「うっわ、葵ってばこーんな大切なものを隠してたわけ!?」

 背後で怒声が響く。

しかし、今のオレは不甲斐なさと夏休みが終わってしまった感でいっぱいだった。



 折角、温泉旅行に当たったのに……。


 福引券だっていつも残念賞、おみくじなんかも決まって末吉か小吉。

初めてこんな懸賞にあたったんだ。


 それなのに。それなのにぃ……。


「……ちょっと、なに勝手に一人で落ち込んでるわけ?」

 またもや背後からため息混じりに呆れた彼女の声。


「あたしが奪い取るとでも思ってるの?」