欲張り

 サックスが悲しそうに店内に響いている。グラスの中は空っぽだ。

「ねぇ」

 声が聞こえ、横を見ると女が俺を見ている。女の視線の先には俺しかいないから、俺に声を掛けてきたようだ。

「この歌、誰だっけ?」

 聞こえてくるのは、ピアノとサックスと英語だ。ニューヨークという言葉が何度も聞こえる。

「たしか、ビリー・ジョエル」

「あぁ、そっか。ビリー・ジョエルね」

 女は満足そうに頷いた。

「ねぇ、隣り、いい?」

 女からそう誘われるのは初めてのことだった。しかし、あまり人と話す気分ではない。

 どう上手く断ろうか悩んで黙っているのをYESと思ったのか、女は勝手に席を移ってきた。

「飲まないの、お酒」

「あぁ……」

 もう一杯くらいは、飲めるだろう。

「じゃあ、飲もうかな」

「同じものでいい?」

「あぁ」

 酒を頼んでから、隣りに座ってきた女は何も話さない。どういった理由で俺に声を掛けてきたのか、不思議だった。

 酒が運ばれると、女は自分のグラスを合わせ、カツンと音を鳴らした。