俺には笑えない。
 
 知り合いから共同経営の話しを持ちかけられ、ありったけの金を用意し、実業家としててっぺんまで上りつめてやろうと本気で考えた俺には何一つ笑えない。

 知り合いに裏切られ無一文になったとき、あの女の言動は変わっていった。電話に出なくなり、俺の目を見なくなり、俺のために時間を作らなくなった。

 それでも、このままではいかないと、もがき苦しんでいたとき、俺はあの女が愛しくてたまらなかった。

「俺を抱きしめてくれ」

「ごめんなさい。忙しくて時間がとれないわ」

 冷ややかな言葉しか返ってこなかった。

 ようやく会ったとき、同情からかあの女は俺と寝た。抱擁もキスもあえぎ声も、すべてが同情でしかなかった。

 その悲しさが俺の心に留めておいた言葉を吐き出させた。

 俺はしがみついた。この言葉によって、あの女の心が変わるのではないかと。

 しかし、それは幻想だった。

 あの女はただ、笑っただけだった。

 俺には、笑えない。

 あの女とそいつの新しい男が腹を抱えて笑おうと、何一つ笑えない。