《運転手を責める気などないけれど、俺は、自分の“当たり前”を失ってしまったことが、とても悲しい。
自分の体が、自分の意思のままに動いてくれないことに苛立つこともあった。
毎日が、つらい。
俺より重症を負った被害者の人々は、もっと苦しい日常生活を強いられているのだろう。
事故を起こした加害者側も、社会的信用を失ったという面で、悲しみを背負うのかもしれない。
Mのいない日常は、涙の味しかしない。
いつか、独りに慣れる時が来るのだろうか。
Mを抱けなくなった俺は、体のことをMに知られ、失望されるのが何よりこわかった。
後遺症のことを正直に告白したとして、Mが、俺以外の男に目移りしたら、と、不安になり、引け目を感じた。
なにより、まっすぐにMを愛せない自分が、つらかった。
日に日に、卑屈になっていく自分。
こんな俺が、彼女を幸せにできるわけがないと思ってしまう。
それなら、一緒に苦労するより、Mだけでも、別の誰かと幸せになってほしかった。
だから、別れを告げた。
いまごろ、Mが幸せになっていますように。
俺との別れを忘れて、心から笑っていますように。》


