いつかの君と握手

ちゃんと話したら、父ちゃんも理解してくれるよ。一緒にいてくれるよ。
なんて。
9年後のことを思えば、それは都合のいい慰めにしかならないんだ。


ああ、どうしたらいいんだろう。


うまい言葉がみつからない。
多分、正解の言葉なんて、ないんだ。


「こっちにおいで。今お茶を淹れる」


玄関先で2人並んで座っていると、背中に声がかかった。
振り返ったら、じいさんを寝かせてきたらしい加賀父が、襖の向こうから顔をだしていた。



「――――はい、どうぞ」

「あ、すみません」


みんなの目の前に硝子の湯のみがコトリと置かれた。


「冷たくて旨いよ」


にこりと笑った加賀父が言い、あたしたちは湯のみに手を伸ばした。
さっき、ぎゃあぎゃあと叫んだせいで喉が渇いていたので、有難く頂く。

半透明の翡翠色のお茶はまろやかで甘かった。
湯のみの中身を飲み干して、ほう、とため息。
コトンと湯のみをテーブルに置くと、8畳ほどの室内に沈黙が訪れた。


三津と柚葉さんは神妙な顔つきで湯のみの中を覗いており、
イノリは飲み物に手をつけることなく、じっとうつむいている。
加賀父はそんなイノリを見つめていた。


な、なんか気まずい……。


どうしたもんかと思いつつ、手持ち無沙汰に室内を見渡した。

畳敷きの部屋は、磨りガラスの嵌まった引き戸を挟んで縁側に続いている。
今は雨戸が閉まっており、外の様子はわからない。
家具はというと、テーブルとテレビ、小さな茶箪笥くらい。

あ、部屋の隅に酒瓶が転がってる。
日本酒が3本、空だ。
あれ、じいさんが飲んだものだろうか。
飲みすぎだろ。
そっと加賀父を窺えば、酔っている様子はない。
多少は飲んでいるのかもしれないけど、心体の状態を左右するほどではないようだ。

と、視線に気がついたのか、加賀父が顔をあたしに向けた。


「ええと、君は初めて会うよね? 自己紹介が遅れてすみません。
加賀一心といいます、よろしく。君の名前を聞いても構わない?」

「ひゃ! いいいいえ、あ、ああの、えと、あたし、茅ヶ崎美弥緒です!」


金吾様の笑顔でを向けないで! 金吾様の声で訊かないで! 惑わされるから!
真っ赤になるのを自覚しつつ、しどろもどろと答えた。


「美弥緒ちゃん、だね。ええと、織部先生とはもちろん初対面、だよね?」


ああ、本当に素敵なお声。耳から溶けそう。
金吾さまに名前を呼ばれる日が来るなんて。もう死ねる。死なないけど。


「美弥緒ちゃん?」


うっとりしていると、首を傾げられた。
いかん、見とれてた!


「は! あ、は、はい! 初めてです!」

「ふむ。じゃあ、倉里という苗字に覚えはある? 親戚とか」

「ないです」