いつかの君と握手

「先生! とりあえず彼女を離しましょう! ね?」

「志津子おおおおおおっ」


加賀父が間に入ろうとしてくれるのだが、じいさんは腕に益々の力を込める。


苦しい。酒臭い。意味わかんね。つーか、ナニ女子高生抱きしめちゃってんの?


……そろそろ、酔っ払いに制裁与えていいよね?


ぷつん、と自制心が切れる音がした。
体を捻り、じいさんのお腹と自分の体の間に隙間を作り。
できうる限り下半身に力を込め、腰を捻りつつ腹部にこぶしを打ち込んだ。

ウチのじいちゃん、古武術の師範代なのだ。
これでも稽古をつけてもらってたんだぜ。

多少加減はしたものの、じいさんの気を削ぐには充分だった。
腕から力が抜けた瞬間、体を捻って逃げ出した。


「ぐふ……、志津子、腕は落ちとらんようだの……」

「だからしずこって誰なんだっつーの」


膝をついたじいさんは、満足げに呟き、どさりと倒れた。
怒涛の流れに呆然としていた三津がはっとしたように叫んだ。


「ぎゃー! みーちゃんがじいさん殺したぁぁぁぁ!」

「え!? そうなの? ミャオ、にげよう!」

「馬鹿ヒジリ! あれくらいで死ぬはずないでしょ!
祈くんもアホなこと言わない!」


柚葉さんが2人の頭をぱかんと殴る。


「正当防衛の範囲です! え、でもなんで?」


加賀父が近寄り、うつぶせたじいさんの様子を窺った。
顔を寄せてみて、くすりと笑う。


「寝てる」
「はぁぁぁぁっ!?」


イノリまでもが一緒になって叫んだ。
なんだ、それ。

こわごわと近寄ってみれば、確かに規則的な寝息が聞こえる。
おいおい、マジかよじいさん。


「昼過ぎからずっと呑んでたんだ。ようやく潰れてくれたようだな。三津、ちょっと手伝ってくれ」


三津の手を借りて、加賀父はじいさんを背負った。


「柚葉ちゃん、奥の部屋に寝かせるから、布団を敷いてもらえないかな?」

「あ、はい」

「祈と、そこの腕のいい彼女、とりあえず中に入りなさい」


加賀父に言われるままに、あたしたちは家の中に入った。


「はー、いきなりサイアクだった。ねえ、イノ、リ……」


玄関で靴を脱ぎながら話しかけると、イノリは唇をぎゅっと噛んでいた。
靴を脱いだあとも、上がり框に体育座りしたまま、じっと自分の膝小僧を見つめている。

そうだ、じいさんの乱入でうやむやになってしまったけど、イノリは大澤の家に帰れと言われたんだった。
ここまであんなに頑張ってきたのに。
あんなに再会を喜んだのに。