いつかの君と握手

「蛍なんて見たの、いつぶりだ? 田舎にはまだいるんだなー」

「もう7月も半ばなのに、すごくない?」

「あたし、幼稚園のころ以来です。綺麗……」

「おれ、はじめてだぁ」


しばらくそこで眺めていたが、結局、蛍はこの2匹だけのようだった。
柔らかな光の瞬きを充分あたしたちに堪能させてから、2匹は木々の向こうに消えていった。


余韻を残したまま歩き進むと、暗闇にぽつんと光が浮かび上がっているのが見えた。
今度の光は、人工的なもの。
ということは、あれが目的地!

4人とも心なしか早足になりながら、光に向かった。
門扉を抜け、純和風の造りの、大きな玄関の引き戸を叩く。


「夜分遅く申し訳ありません。こちらに加賀一心さん、いらっしゃいませんでしょうか?」


三津が声をあげると、中から張りのある男の人の声がした。


「加賀は俺ですが……その声、三津か?」

「風間さんっすか!? オレです! 三津!」

「三津、どうしてこんなところに……」


磨り硝子に人影が映り、ガチャガチャと鍵を開ける音がした。
カラリと戸が開く。

顔を覗かせたのは、記憶の中そのままの金吾様だった。
や組の染め抜きの半被がよく似合うであろう、骨太でがっしりした体。
健康そうな日焼けした肌に、眼力のある切れ長な瞳。流れる形の良い鼻。
違うところといえば、月代の代わりに艶めいた黒髪がお顔を縁取っているということだけ。


ぎゃーあーあーあーあーあーあーあー!
本物の金吾様が目の前にぃぃぃぃぃぃぃぃ!


「父さん!!!!」


あたしの隣にいたイノリが金吾様、いやさ加賀父に飛びついた。


「な!? 祈!?」


自分の胸に飛び込んできた人間を確かめた加賀父が、信じられないというように目を見開いた。


「父さん! 父さん! 会いたかったよぉ……っ」

「い、祈……」


顔をぐいぐいと押し付けて泣き声をあげたイノリを、加賀父はぎゅう、と抱きしめた。


「おまえ、こんなところまで、どうやって……」

「会いたかったよぉ……、父さ、ん……っ」


全身で父親を抱きしめたイノリは、今までの不安や辛さを吐き出すように大きな声で泣いた。
ああ、この子はこんなにも自分を堪えて頑張ってきたんだ。
不覚にも、涙が頬をだばだばと伝ってしまっており、慌てて拭った。

ハンカチがずいと差し出され、受け取ればそれは涙目の三津で。
柚葉さんはと言えば、三津のシャツを既にハンカチ代わりに使っていたので、有難く受け取り、鼻をかんだ。


「三津、おまえがここまで……?」


イノリを胸に抱きしめたまま、加賀父が訊いた。


「オレは、こいつがアパートまできたから、そこから連れてきただけです」