「おれ、加賀祈です! 父さんをだしてください!」

「いやだからの、誰かいのう、あんたさんは」


腰がまあるく曲がったおばあさんは、上り框の上にいるというのに、あたしと目線がほぼ同じだった。
頭を下げ、「こんばんは」と言うと、酷く大きな声で「ハァ?」と問い返される。
どうやら、耳が遠いらしい。さっき柚葉さんが言ってた人だな、きっと。


「イノリ、ちょい待ち」

「ミャオ……」


焦った様子のイノリを押しやって、おばあさんに向かった。
にこりと笑いかけて、自分の口元を指差した。


「はて? あんたさんたちはいったい何の用ですかいの」

「かがいっしんさん、いますか?」


できるだけはっきり唇を動かして、ゆっくりと訊いた。


「わたしたち、用があってきました」


ウチのじいちゃんの友達の中井のじいさんなら、これで通じるんだけどな。

中井のじいさんはよく補聴器を付け忘れる。
しかし、じいさんは唇を見ることで相手の喋っていることを読み取ることができるのだ。
ゆっくり動かせば、の条件つきの技だけど。


「ああ、いっちゃんの知り合いかい!?」


どうやら聞き取ってくれたらしい。
おばあさんの顔がぱっと明るくなった。


「そうです。今、いらっしゃいますか?」

「それがのー。まだ帰っちょらん。多分織部のじいさんのとこじゃろ」

「はあ、おりべ……はあ!? おりべって言いました!?」


その名前、聞き覚えあるんですけど!!!!

今、すっごくクリアーに思い出した。
あの時大澤は『おりべのじいさん』と言ったんだった。

あああああああ!
あたし、間違ってなかった。

イノリとの道行きの先にやっぱりいたのね、織部のじいさん!
どんな人かよく知らないけど、名前も今思い出したけど、でもでも、すっごく会いたかったの!


「あ。ここにいたー。どう? 風間さん、いたあ?」


暗がりから柚葉さんたちが現れた。


「柚葉さん! おりべ、おりべのじいさんですよ!」

「は? ……あ、あの例の!? 思い出したの?」

「はい! 加賀父、今その織部のじいさんのところにいるらしいです!」

「きゃあ。やったじゃない。一歩近づいたわけね!」


「あん? あんたたち、織部のじいさんに用があるんけ?」

「ミャオ、しってるの?」

「え? ああ、いや違うけど嬉しいっていうか?」


喜ぶあたしたちを見て、おばあさんとイノリが不思議そうに首を傾げていたが、どうにかごまかした。