駆け出すイノリを、今度は止めなかった。
カンカンと階段を駆け上る背中をみながらゆっくり上る。

どうやら奥の部屋だったらしい。
一番奥のドアを、イノリはどんどんと叩いた。


「父さん! ぼくだよ。祈だよ!」


うーあー。
なんか、感動してきた。
かれこれ数時間、こいつは愚痴一つ言わずに頑張ったもんなあ。
あたしでもキツかった距離を、汗びっしょりになっても泣き言言わずにさ。

父ちゃんに会いたい、その一心だったんだよなあ。

じんわりと滲んだ涙を拭って、ドアがゆっくり開くのを見つめた。


「だーれぇ? 頭痛いのに、うるさいんですけどお」


顔を出したのは、真っ赤なランジェリーを身につけたおねいさんだった。

……えーと、あの、おっぱい、こぼれそうですけど。


「んあ? アンタ誰?」


おねいさんはけだるそうに長い髪を掻きあげて、呆然としたイノリを見下ろした。


「と、父さん、は?」

「トウサン? アンタのパパ? 知んないけど」

「あ! あの、ここ、加賀さんのお宅じゃないんですか!?」


いかん。想像だにしてなかった人物の登場に唖然としてしまっていた。
慌ててイノリの元に駆け寄って、おねいさんに訊いた。


「かが? だれ、それ」


麻呂みたいなちょんぼり眉を(すっぴんのようだ)きゅ、と寄せたおねいさん。
うそ。
加賀父、引っ越しちゃった、の?


「え。ええと、あなたはその、ここの住人ですか?」


とりあえず訊いてみる。


「違うけど? え、あ! もしかしてあんた、ヒジリの女!?」

「は?」


ヒジリって誰?
戸惑うあたしをそっちのけで、おねいさんは急に怒りだした。


「あんたもヒジリとここを使ったわけ? 信じらんない! アタシしか入れないっつったのに! あんた、ヒジリとはいつから? どんな関係? ヤッたの?」


えーと、どういうことでしょうか?
意味がわからない。


ぶりぶりと怒るおねいさんに何と言えばよいのかわからずにいると、ぐい、と服を引かれた。
見ればイノリが目にいっぱいの涙を溜めて、あたしの服の裾を握っていた。
ぎゅう、と握った手は震えている。

いかん、状況に圧倒されてた。


「あ、あのですね、あたしたちは人を探して」

「だからヒジリをでしょ!? 入れば? あいつ寝てるからっ。ヒジリ! あんたの新しい女が来たみたいだけど!?」