夕食をとっていなかったあたしは(バタバタしてすっかり忘れていたわけだが)加賀父の手料理をふんだんに振る舞ってもらった。
具だくさんの味噌汁にサラダ。それに揚げたてのとんかつとかもう、あたしの胃袋は加賀父に鷲掴みにされました!

しかし、本当に本当にお手間を取らせて申し訳ありません。
お皿洗いだけはと必死で言ったものの、足の怪我を理由にさせてもらえなかったし。
回復次第、このご恩はお返ししますんで!
料理も簡単なものくらいは覚えようという心構えであります。

さて、織部のじいさんはすごくすごく驚いていたが、それでもタイムスリップという途方もなく胡散臭い話を信じてくれた。
疑いの余地もない、正真正銘9年前と同じあたしを見た以上、信じるしかないだろうと言うのがじいさんの弁だ。

そのじいさんは食事中のあたしを酒の肴に冷酒をガンガン煽り、つるっぱげの赤鬼に変身。しかし咆哮することもなく早々に寝てしまった。
加賀父曰く、昔ほど無茶な飲み方はしなくなったそうだが、今日は久しぶりの再会と衝撃の事実が酒量を越したのだろう、と。
ごめん、じいさん。
でも、すごく楽しい食事だった。

そんなこんなで夜も更け、あたしは客間の一室を用意してもらった。
畳敷きの、六畳ほどの部屋はどっかの旅館の一室のように綺麗に整えられていて、そして落ち着く。

窓際に置かれた籐椅子にどっかと腰かけて、ふんぞり返ってみた。
ふるふると左足を振ってみる。前回の捻挫の時に貰っていた痛み止めをまだ持っていたので助かった。テーピングもしているし、とりあえずは問題ない。

ていうか、いいよなあ。こういう部屋。
あたし、こじゃれた部屋よりこういう部屋の方が好きだわ。
大好きなビスクドールなんかには全く似合わない部屋だけど、生活するならやっぱ和室だよね。冬はこたつを楽しめるしさー。こたつにみかん、ではなくアイス(ガ●ガリ君)があたしのジャスティスだ。

満足感にふー、と深呼吸すれば、ふわりとイノリの香りがして、無駄に心臓が跳ねた。

そうだった、イノリの服借りてたんだった、あたし。
己を見下ろせば、だぼだぼの黒の半袖パーカーに、同じくだぼだぼのハーフパンツ。

小せえの、とか言った割に、でかいんですけど。


いや、そりゃそうだよな。背中、広かったし。
並べば見上げるくらい背が高いんだし、うん。
いつまでもちっちゃいわけ、ないよな。

つか、何着ちゃってんだろう、あたし。
着るものがなかったからに他ならないが、だからといってこの気恥ずかしさのようなものは、一旦気付いてしまうと簡単に忘れられんというか。

あーやだ。さっきまでいた背中まで思い出しちゃうじゃん。
忘れろ! 忘れるんだ!

悶々としていると、遠慮がちに襖を叩く音がした。


「は、はい?」

「俺。外でねえ?」

「あ、うん」


声は、イノリだった。
そっか、話をしようって言ってたんだっけ。

ひょこひょこと左足を庇うようにして襖まで移動し、引けばイノリが立っていた。
同時にむせ返る、夏の匂い。


「裏庭でこれ、しようぜ」


掲げられたのは花火だった。


「うわ! なんであんの?」

「オヤジがくれた。これも」


もう片方の手には、ゆるゆると煙を吐く、蚊取り線香。
あー、これだよこれ。この煙ったいこれがいいよなー。
臭いとか匂い移りがとか言われるこいつだが、あたしはこれを嗅がなきゃ夏が来たと思えないね!