歩くたびに、廊下が少し軋む。
お寺の住居部分と言うのは、ごく普通の日本家屋であった。
年季は入っているものの、別段変わったところはない。

まあ、そりゃそうだよな。
廊下にずらーーっと仏像が並んでるわけ、ないよな。

妙な思い込みをしていた自分に気付き、こそっと笑う。
そんなんだったら、実家にいるみたいに短パンTシャツでうろうろできないよなー。
トイレトイレー、なんて廊下を走るのもできなさそうだ。

不届きなことを考えていると、廊下の突き当たり、引き戸の前でイノリが止まった。
御丁寧に、『湯殿』と表記されている。

おお、なんかかっこいい。


「じゃ、ごゆっくり」

「はい、使わせてもらいます。あ」


見れば、イノリの着ていたシャツにも泥がついていた。
あたしを背負っていたせいで、汚れが移ってしまったのだろう。


「ごめん、汚れちゃったな。先、使う?」

「構わない。いいから使えよ」


にこ、とイノリが穏やかに笑って、あたしの頬にかかる髪を耳の後ろに流した。
つう、と指先が肌を通った。


「ゆっくり入ってこい、着替えは後でもってくるから」

「う……、うん。ありがと……」


な、なんでそんなに優しくすんの!?
どんな顔していいのかわかんないんだけど!
ていうか前置きなく触るのやめてぇ!

狼狽えるあたしには気付かなかったのか、イノリは戻って行った。


「と、とりあえず、お風呂使おう、うん」


なんだか、顔が熱い。
急にあんな風に触られたからだ、うん。


「よし、はいるぞー。んぎゃ!」


気持ちを切り替えようと勢いよく足を踏み出した、のだったが、それは左足だった。
思いっきり体重をかけて踏み込んでしまい、悶絶。

あたしって、ホント馬鹿……。



お風呂は、使い勝手の良さそうなシステムバスだった。
あの引き戸を見る限り、織部のじいさん家のような純和風だろうと思ってたが、そうきたかー。
さすが加賀父、思い通りに行かない男だぜ。

妙な満足感を得ながら体を洗い(足の怪我がピリピリ傷んでちょっと泣けた)、湯船につかった。
大きめなそれは足をのばしても余裕で、気持ちいい。
足を温めるとずきずき痛むので、長湯はできそうにないけれど。


「あー……、人心地……」


ため息をつくと、脱衣所の方でカタリと音がした。


「ミャオ?」

「ひゃ、ひゃい!?」


見れば、脱衣所へ続くドアの擦りガラスに人影があった。


「ここ、着替えおいとくな。小せえの探したけど、俺のだからでかいかも」

「い、いえ! ありがとーございます!!」