いつかの君と握手

「どうして、って、大澤は君の名前すら満足に憶えてないから」

「……へ?」


葵ちゃんの体から力が抜けた。


「うそ。だって私、小学校の頃から一緒で……。クラスも一緒で……。中学校の頃はほら、付き合ってるなんて噂も出て」

「うん。でも、覚えてないよ。君が美弥緒に自己紹介してる時に、初耳って顔してたから。同中っていうのも、忘れてたみたいだったよ」


親睦旅行の、あの時のことだろうか。
葵ちゃんの頬から赤味が消えていく。


「写真は君が大澤に手渡し、てるわけないか。手を汚しそうにないもんな。
最近、大澤と話したりとか、そういう接点はないよね? 名前を呼ばれたことある?」

「い、いやそれは、ない、けど……」

「今度話しかけてみなよ。『何サンだっけ?』くらいのこと言うよ、あいつは」

「そ、んな」

「そんな状態でさ、どうやって付き合えるところまで持ってくのさ。
ちなみにそんな大澤は、9年前だかに会った美弥緒をずっと覚えてて、再会できるのを待ってたらしいよ?」

「……!?」


穂積に向けられていた葵ちゃんの顔が、あたしに向いた。
その表情にはさっきまでの強気な様子はない。


「うそ、よね?」

「あ、いや、本当、です。9年前に会ってます」

「初恋ってやつなんじゃない? こんな言いかたしたくないけど、一途なんだろうね」


だらりとした葵ちゃんの腕を離した穂積は言い足した。


「てな訳で、君は本気を出さなきゃ美弥緒に勝てないと思うよ。君が馬鹿にした美弥緒は、9年間あいつの心を占領してきた猛者だからね」


猛者、て。
別に何かと戦ってきたわけでもないんですけども。

でも、葵ちゃんがあたしを見る瞳の色が、変わった。


「姑息な手を使うより、堂々と宣戦布告して向かい合った方が、可能性はあると思う。
まずは大澤に名前を覚えてもらうことから、だろうけどね」


え、えーと? 穂積さん、葵ちゃんを焚きつけてやしませんか?
ねえ、ちょっと。
ほら、顔つきに生気が戻って来たって言うか。


「……わかった」


果たして、彼女ははっきりとそう言った。
それから、あたしを真っ直ぐに見て、宣言した。


「私、祈くんを落とすから。あんたから奪い取るから!」

「へ? へ?」


なに、なんで宣戦布告みたいなことになってんの?