いつかの君と握手

あたしが言われたことを、どうしてそう正確に知ってるんだ、この子。
沸々と感情を高ぶらせている穂積をけしかけるように言葉を重ねる、綺麗な横顔を見た。

思い返せば、この子はあたしの姿を確認する前から、あたしが着替えなくちゃいけない状態だと知っていた。
穂積が動揺したほどに汚れていたのに、この子は驚く様子もなかった。

トイレで聞いたにしても、あの子たちはあたしにしたことを、言ったことを事細やかに語ってたのか?
そんなことありえないだろ。

考えられるのは、彼女は一部始終を見ていた、ってことじゃないか?


「あ、葵ちゃん?」

「なあに?」


ちょこんと小首を傾げて、にこりと笑い返される。
優しげなふんわりした笑みは、守ってあげたくなるくらいにかわいらしかった。


「……。
あー、いや。なんでもないや。へへ、ごめん」


「もしかして、一部始終を見てた?」と聞きそうになっていたあたしは、我に返って言葉を飲み込んだ。

一部始終見てたからって、だからどうなんだって話じゃないか。
あんな集団の中に、たいした知り合いでもないあたしを庇いに入ってきてくれたら、なんて言えるわけがない。

この子は見ないフリをせずに手を差し伸べてくれた、それだけで十分じゃないか。


うあー、よかったー。
今ちょっと自分勝手なことを口にしそうになってた。
やばいやばい。人の善意を否定してしまうところだった。
ぎりぎりで人としての大切な何かを失わずにすんだぜ。GJ! 美弥緒!


無関係の子に何ふざけたこと言おうとしてんだって話だよな、あたし。
だいたい、あんな場に入ってきて、葵ちゃんに火の粉が飛んだら申し訳ないどころの問題ではない。
この綺麗な顔に傷でもつけてしまったらと思うと、冷や汗がでる。


不思議そうにあたしを見つめる葵ちゃんに、へらへらと笑ってみせた。


「……葵ちゃんが話を聞いたトイレって、どこ?」


呟くように訊いたのは、穂積だった。
葵ちゃんが、微かに瞳を見開いた。少しだけ、視線が彷徨う。


「ええと、東棟二階の、一番奥のトイレだよ」

「6組の前のやつか。一年の教室しかないから、他の学年が利用することは考えにくい。ということは、同学年だな」


言って、穂積は顔を上げた。


「美弥緒、顔をみたら誰だか分かるよね。休み時間になったら探しに行こう」

「や、やだ!」


思わず大きな声が出た。
そんなことしたら、下手したら話が大きくなってしまうじゃないか。
そういうのは、避けたい。
ぷるぷると首を振ると、穂積が困ったように眉を下げた。


「心配しなくていいよ。二度と美弥緒に手をださないように警告するだけだし、美弥緒に怖い思いはさせないからさ」

「い、いいって。あたしも言い返したりしたから悪いんだし!」

「言い返した? すごいね」