いつかの君と握手

「あ、ありがとう!」


思わず手を握り返してしまった。

今、あたしは救われた気分です!
ていうか、救われた。もう救済された。
あたしのマザー・テレサや。ありがてえ。


ぺこぺこと頭を下げるあたしの体を見て、葵ちゃんは言った。


「あのね、私テニス部なんだけど、ちょうどこの上が部室なの。タオルも、練習着もあるし、そこで一旦着替えよう?」


あたしが背にしている部室棟の二階を指差す。
そっか、ここって運動部の部室棟だっけ。


「ここにいたら見回りの先生に見つかっちゃうかもしれないしさ。ほら、穂積くんも行こ?」


先生に見つかるというのはよろしくないな。
話が大きくなってしまいそうだ。


「じゃあ、あの、お言葉に甘えます」

「うん」


にこり、と柔らかな笑みを浮かべて、葵ちゃんはあたしの手を引いた。


さて。
クリ高の女子テニス部は腕はイマイチだが美女率が高い、というのは一部では有名な話である。
綺麗でなければ入部できない、なんて馬鹿な噂もあるくらいである。
実際、入学時の部活勧誘で見かけたテニス部のオネーサン方はみんな綺麗だった。
近寄ったらふんわりいい匂いがしたものである。


しかし、その部室は非常に汚かった。


お花とか飾ってそうなイメージだったのに。
絶対いい匂いがすると思ったのに。

干からびたバナナの皮とか食べかけのクリームパンとかめっちゃ放置してんじゃん!
なんか臭い! つーかとにかく臭い!

つーかなんでテニスラケットに並んで木刀が置いてあるの!?
どこで振るうの、これを!!

酷い! 何だか騙された気分!

夢が潰えた男子中学生のような心境になりながら、埃のたまった端っこでのそのそとピンク色のトレーニングウェアに着替えた。


「あの、ありがとうございました」

「いえいえ。あ、その辺りの椅子に座って?」


葵ちゃんは今、必死に室内を片付けている。

『今週の当番、誰なんだろう。もう、恥ずかしいなあ』と言っていたけど、この室内は一朝一夕で出来上がるものでもないと思うのだけれど。

いや、助けてくれたのにそんなせせこましい事を考えるのはよそう。

と、コンコンと遠慮がちにドアがノックされた。