「ふう、ん」


ひょいと穂積があたしの顔を覗きこんだ。


「何かあったって顔、してるんだけどなあ。昨日の君から考えたら、大澤に大人しくおぶわれるなんて、ありえないよ」


くすり、と笑われて、カンがいいなあと思う
確かに『前日』までのあたしだったら、いくら足を怪我していても大澤に体を預けるなんて真似しなかっただろう。


「ええと、あの、遅刻しそうだったし、急いでたから、さあ。すんごく痛かったし」

「ふうん?」


信じてないなあ、こりゃ。
仕方ない、あとでイノリと適当な話を考えておくか。
今はとりあえず話を逸らしておこう。


「美弥緒ってさあ、彼氏はいないよね?」

「は?」


意外にも、穂積のほうから話題を変えてくれた。
よかった、という気持ちも付けて、深く頷いてみせた。


「いないよ、もちろん」

「そっか。じゃあさ、好きな奴はいる?」

「好きなやつ?」


ぱっと思いついたのは、鳴沢様(三代目フェイスで再生)。
いや、違う違う。鳴沢様とは永遠に添い遂げられないことくらい、承知してるのだ。

じゃあ、えーと、金吾様?
って加賀父かいっ!
いや、そっちのがリアルだけど、でもある意味リアルじゃねえ。
あの人を恋愛対象にするなんて、罰があたる。絶対。


「……いないな」

「ふふ。ずいぶん考え込んでだけど?」

「ああ、それは劇中人物しか思いつかなかったからさー」

「は?」

「名奉行鳴沢右衛門之介。知ってる? 渋いんだよー」


すんげえ好きなんだよね、と付け加えると、きょとんとした穂積だったが、くすくすと笑い出した。


「じゃあ、周囲にはこれといっていない、ということでいいの?」


周囲、ねえ。
そもそも親しい男の人なんていないしな。

と、イノリの顔が思い浮かんだ。
あれも親しいって言えるのか?
結構仲を深める経験だったと思うんだけどな。
いやでも、あれは幼いイノリと過ごしたんだし、それからは9年の空白があるんだもんなあ。
つーか、あいつはあたしをどう思ってんだろ。
もしかしたら、本当に妖怪の類だと思っているかもしんない。
普通に考えたら、9年前と全く同じ容姿の人間って怖いもんな。

ふ、と見れば悠美と一緒に何か作業している背中があった。
うーむ。これから説明するつもりでいるが、果たして受け入れてくれるだろうか。