いつかの君と握手

――ぐずぐずと泣いて、別れの感傷に浸る余裕は、なかった。


あの、これって、ジェットコースターですか……?


あれからすぐに、急カーブの多い峠道に突入した。
加賀父の言うところの近道というやつなのだろう。

それはいいのだが、トマトパスタ(黒いくせに)はそこをすんげえスピードで疾走していた。
G。
Gをぎゅんぎゅん感じるんですけど。
キュキュキュキュキュ、なんて聞きなれない音がしょっちゅう鼓膜を揺らすんですけど。
しかも車高が低いせいか、地面すれすれを走ってる感覚なんですけど。


あの、大丈夫なんでしょうか、これ……。


「と、父さん……、おれ、ちょっとこわ……」

「男はこれくらいで怖がったりしないよな!?」

「こわ……コワクナイデス」


おい、カタコトになってんぞ、イノリ。
しかしかくいうあたしはというと、引きつった笑みを浮かべたまま、一言も話す余裕がないのであった。
言葉を発することができるだけ、イノリはあたしより上だね!


ハンドル握ると別人、なんて冗談のような話を聞いたことがあるけど、こういう人のことを言うんだ、そうなんだ。
前を見ることに恐怖を覚えていたあたしは、ついさっきまで柚葉さんから受け取った救急箱を抱きしめ、その木目柄ばかりを見つめていた。
しかし勇気をだして隣にいる加賀父を窺って見たら、
なんとうっすら笑っていた。



こここここここここここここ、怖いよう。



怖すぎるよう。
こんなの金吾様じゃないよう。
ぐじぐじうだうだとするのはもっての外だが、スピード狂というのも嫌だよう。


……ん。いや、待てよ?

『スピード狂×江戸時代(時代劇)=馬』?

それって暴れん坊●軍じゃねーか!
金吾様は鳴沢シリーズのお方なんだから、そういうのは将軍サンバに任せておいてくれよ!
だいたい火消しは馬に乗んねーしな!


ってぇ!?
またもやアレだ。
キュキュキュキュキュ! ってやつ!
体に思い切り遠心力がかかる。

ああ、このシートの形状って、こういう力から体を保護するためなのね。
体感して納得だわ。
って、そんなん今はどうでもいい。


「美弥緒ちゃん、絶対間に合うから、信じてろ。な!?」

「は、はひ……」


金吾さまを髣髴とさせる、力強いお言葉。
普段の柔らかな口調も好みだったけど、やっぱり金吾さまはこうでないと。

って、この盛り上がりって、もしかしてあたしの人生の終幕(フィナーレ)なんじゃないの?
映画だとたぶん今は終盤だよな?
B級映画だと、このまま崖にダイブ、なんてオチがあるような。

鳴沢様の腕の中という夢は破れたが、金吾さまの手で、というのならそれでも…………。

って! いや! やっぱいや!
こんな死に方、時代劇にあるわけねーし!
つーか、まだ死ねないし!?