「でも、さやかがいなくなって、祈を大澤に任せることになって。
一人になったときに、俺って何にもないなー、と思ったんだ。
俳優というには中途半端。劇団だって、俺がいなくても回っていく。
今から会社員になるっていったって、何をしたい、なんてのもない。
みっともないよなー。真面目に修行してここにいたほうが、もっと立派な人間になってたんじゃないかな。

だから、もう一回修行やり直してくる」

「え? ああと、それはお坊さんになるために、その、別のお寺に行くと?」

「そう。で、ゆくゆくは実家のあの寺継ぐつもり。まあ、オヤジの仕事自体は元々嫌いじゃなかったし、身をいれて真剣にやれることだとも、思ってるんだ」


はー。
そっか。お坊さんになるのかー。
ということは、あたしが妄想した袈裟姿が現実になるという、そういうことですね?

うはあ、それってそれって最高ではないか。
袈裟姿の美僧って、卑猥な感じ。
いや、あたしの頭が卑猥なのか。
罰当たりな発想して本当にすんません。

でもいいです、素敵です。


「どうにかこいつに尊敬される男にならないとね。今のままじゃ大澤に大きく差を開けられてるからさ」

「が、がんばってください!」


あたしの目の保養のためにも!
思わず手を握ってしまっていた。

すぐに我に返って慌てて手を離したけど。


「ありがとう。だから、これから祈にきちんと話さなくちゃいけないんだ。
わざわざ追いかけてきてくれた子に、酷なこと言わなくちゃいけないのは辛いんだが……、
それも最初に俺が話をしておかなかったせいだもんな」


イノリの寝顔を覗きこむ。
この顔が歪むのは、できれば見たくないよなあ。

でも、仕方ないんだよね……。


「ん……、あ、父さん? に、ミャオ?」


イノリが瞬きを繰り返して、目覚めた。
自分を見下ろしているあたしたちに気付いて、驚いたように体を起こす。


「起きた? よく寝てたね、イノリ」

「あ、うん。ええと、どうしたの?」

「少し、父さんと散歩に行かないか、祈」

「え?」


加賀父の言葉に首を傾げて、戸惑いながら頷いた。


「いく、けど」

「じゃあ、行こうか。父さんの実家の寺まで歩いてみよう。
けっこうでっかい建物なんだぞ」

「きのうは暗くてよくわかんなかった」

「そうだろ? ほら、いこう」


イノリの手を掴んで立ち上がらせる。
2人でゆっくり話すつもりなんだろう。


「ミャオもいっしょにいかない?」

「やめとく。まだ眠いから、あたし」