いつかの君と握手

「でも、じいさんは知ってる感じでしたよねー」


三津がようやく口を開いた。


「多分、彼女が奥さんに似てたんだろう」

「おくさん?」

「志津子っていうのは、去年亡くなった先生の奥さんの名前なんだ。倉里は、奥さんの旧姓。美弥緒ちゃんは志津子さんの若いころに似ているんだろうな。
先生は随分酔っていたから、彼女を志津子さんに見間違えたんだろう」

「あー。なるほど」


そういうこと。
まあ、志津子さんが地味顔であれば、ありえる話だわ。


「すまなかったね。先生は普段はあんな非常識なことはしないんだけど」

「あ、いえ、もう平気ですから、あたし」


金吾様に謝られてしまっては、許さないわけにはいかないわ。
ていうか、制裁はしたし、理由もわかったし、もう気にしてない。


「さて、ちょっと大澤に電話しておくか。席を外すけど、気にせず寛いでいてくれ」


すらりと金吾様……いや加賀父が立ち上がった。
その言葉にイノリがびくんとなる。


「やだ! でんわしなくていい!」

「イノリ……」


俯いたまま声をあげるイノリ。
膝に乗せた握りこぶしは、強く力が込められていた。


「いや、する」

「なんで!?」


短く答えた父親に、イノリが泣くのを堪えた顔をあげた。


「心配してるから、だ。きっと今も探してるはずだ」

「しんぱいなんて……」

「してない、と言うかい? でもそれは間違いだろう? 祈」


祈の横に跪いて、頬に手を添えた。


「自分の息子を心配しないはずがない。おまえは俺にとっても唯一の息子だが、それは大澤にとっても同じなんだよ」

「だ、って……」


イノリの目尻から、涙がころりと転がり落ちた。それを親指でぐい、と拭ってやり、加賀父は言った。


「もう子どもじゃないんだろう? それなら泣くんじゃない。
あとできちんと、男同士として話そう。な?」

「…………っ」


イノリが唇を噛んだ。
そういう言い方をしてしまえば、この子はこれ以上何も言えなくなるだろう。
思ったとおり、拒否しているのだろうに、イノリはゆっくりと頷いた。
加賀父がよし、と小さく呟いて立ち上がった。


「じゃあ、少しここにてくれ。三津、ちょっとこいつ頼むな」

「あ、みーちゃんいるから平気っすよ」