いつかの君と握手

あ。顎のところ、うっすらと赤い線が入ってる。
傷跡、かな?
古いものみたいだけど。

せっかくの綺麗な顔なのに、もったいない。
目立たない位置とはいえ、どうしてそんな傷を作るかな、もう。
もっとその顔大事にしないと。綺麗な顔って、ある種、財産なんだよー。

なんて、馬鹿なことを考えていたのがいけなかった。
ふい、と大澤があたしに視線を下ろしたせいで、目がばちんと合ってしまった。
思わずうろたえる。


「ん?」
「う、あ、ええと」


首を傾げられて、もごもごと口ごもる。
いつもは見られる側だったのに、これじゃ立場逆じゃん!


「なに?」


何、って、いや、そりゃあたしがあんたに毎日訊きたいことなんだよ!
でも今は確かにあたしはまじまじ見てしまってたし、ええと、何で動揺してんだ、あたし。


「ええと。あ、その顎下の傷、どうしたの?」


直前まで考えていたことがぽろんと口からこぼれた。

ああああ、これじゃ顔をガン見してたこと、丸分かりじゃん!
馬鹿じゃねーの、あたし。


「……ああ、これ?」


大澤は不快に思わなかったらしい(不快だと言われたら、即座に言い返したと思うけどね。あたしは毎日不快じゃい! ってな)。
顎に手をあてて、傷跡を撫でる。


「ガキのとき、こけて硝子の破片で切った」

「うわ。痛そう」

「別にたいしたことない。遊んでて怪我することなんてしょっちゅうだったから」

「おいおい。せっかくの綺麗な顔なんだから、大事にしなさいって教わらなかった?」


そういや、男子ってのは考えなしに暴れるから、怪我が絶えないんだよなー。
小学校のときに、常に体のどこかに絆創膏を貼っていたクラスメイトがいたことを思い出す。
たまに包帯も巻いてたし、怪我とオトモダチみたいな奴だったんだよねー。

懐かしさにくすりと笑うと、大澤が顔つきを変えた。


「ん? どうかした?」

「おい。オマエさ、俺を覚えてないのか」

「は? あたし、あんたと会ったことなんてあったっけ?」


全く記憶にない。

だいたい、大澤くらい綺麗な子なら、会えば絶対忘れない自信がある。
あたしの時代劇好きと、綺麗なもの好きは筋金入りだからね。
幼稚園児のころには既に鳴沢様に恋心を抱いてたしね。


「本当に覚えてないのか? だってオマエ、ミャオだろ?」


おいおい。いきなりその名前で呼ぶなよ
今じゃ数人の女の子からしか呼ばれてない、貴重な名称なんだぜ。

つーか、よくその呼び方知ってるな。
琴音がそう呼んでるの、聞いてたわけ?


「ミャオとは呼ばれてるけど。でも大澤のことは知らないよ?」

「ホントに言ってんのか? オマエ、知らないフリしてんじゃねーのか?」