「悪いな。
 女は貰っていくぜ」

 言葉の出ないオジサンに片目をつむると、紫音はわたしの肩を抱いて路地を出た。

 この人の目的は……オジサンと同じかもしれなかった。

 でも、おとなしくついていく気になったのは。

 彼がわたしの苗字を呼んでくれたから。

 ふわり。

 と。

 意外に爽やかな、いい匂いが。

 不安なわたしの心を包む。

 初めてかぐ……大人の男の人の香りだった。

「え……と、その。
 助けてくれて……ありがとうございます」

 香りにくらくらと酔いそうになりながら、わたしは何とかお礼を言った。

 ………けれども。

 紫音は横目でぎろり、と睨んだ。

 わたしの肩を抱いて、足早に歩きながら。

「ここは、あんたが来る所じゃねぇ!
 陽が暮れたら、家でおとなしくしてろよ、お子様は!」



「あ……れ……?」



 少し落ち着いてみると……この声に聞き覚えがあった。

 そして、間近に見る……とても怒っている……顔にも。

 それは。

 わたしの通っている学校で良く見る……。

 っていうか。

 毎日顔をあわせている…………