「コーヒーを入れたの。パンも焼いたのよ。一緒に食べましょう?」 ドアの奥で、野中七海の声がする。 なんて、朝の目覚めのいい声なのだろう。 僕は思わず頬が緩んでしまう。 尚子の、あの気だるいのに耳障りな声とは、全く違う種類の声だ。 僕がジーンズとセーターに着替えて部屋のドアを開けると、濃いコーヒーの匂いとパンを焼いた後の乾いた甘い香りが、キッチンから溢れて廊下にまで広がり漂っていた。 ああ…… と僕は思う。 歩太がいた頃、確かに朝はこんな風だった。