「……どうしたの?」


ドアを開けながら、咄嗟に僕はそう呼び掛ける。


「……なんでもないの」


そう言って彼女は長い睫毛を伏せ、スルリと僕を避けて部屋に入ってしまった。


……妙な空気が後に残る。


疲れているのだろう、今日はちょっと、寒かったし。
僕はそう心の中で呟き、密かに納得してみる。


彼女の後に続いて玄関に入ると、彼女の飾りのない黒いパンプスがあっちこっちに転がっている。
随分慌てて部屋に入る癖があるんだな、と、僕は彼女の小さめのパンプスを並べて玄関の端へ寄せた。

彼女のパンプスもまた、彼女同様になんだか随分くたびれているように見えた。