夜に訪れる湖は怖いくらい静かで、綺麗だった。


 満月がうつり込んでいる。

 まるで巨大な鏡のようだ。

 しばらくそうやって樽の影に隠れていたのだが、何も起こらない。

 でも異様なまでに空気が張り詰めている気がする。

 見えない闇の向こうから、何者かに様子をうかがわれているような。

 そんな不気味さを感じた。

「怖いか?」

 言い出した割に俺の手を強く握り締める弟に声を掛けた。

「そ、そんな事!」

「じゃあ、もう帰ろう。抜け出したのがバレたら父上に叱られる」

「父上なんか、怖くない」

「母上は泣くだろうな。泣いて怒るだろうな。最低三日はおやつ抜きは確定だと思う」


 何かと父上に張合いたがる弟だが、母上にはめっぽう弱い。

 そして食べ物でつるに限る。

 説得していると、湖の方から声がした。


『こんな夜更けに騒ぐのは誰だ!?』


 ★ ★ ★