もうじき夜明けを迎える室内は薄暗い。

 蝋燭はとうに燃え尽きていた。

 そんな風に迎える夜明けを、もう五日も繰り返している。


 私はたた静かに息をつめて、こうやって見守ることしか出来ない。


 横たわるレオナルの眉間に、シワが寄ってしまっている。

 苦しいのだろうか?

 そっと指先を這わせた。


 ふっと目蓋を持ち上げて、レオナルが私を見た。

 その瞳は焦点があまり定まっていない。

 叫び出したいほどの狂おしい感情を抑え、精一杯微笑んで見せた。


「レユーナ」

「はい。よくおやすみでございましたね、あなた」


「ああ。長い夢を見ていた」

「まあ、どんな夢ですの?」


「……忘れた」

「まあ」

「だが、とても良い夢だった」


「それはようございました」


 弱々しく、私へと伸ばされた彼の手を取る。

 少しだけ乾いていて無骨で、大きな手だ。でもとても、私の手になじみがいい。

 かつて頼りにしていた杖にも似た感触が思い出される。

 しっくりと私の手のひらにおさまる。

 あれで無くては駄目だった、あの頃。

 既に杖を必要としなくなって、三十年以上の時が経っている。


 奇しくも杖を必要としなくなったから、杖は手放した。


 それから。それから……人生の半分以上をこの手に頼ってきた。

 時に引いてもらい、時に私がこの手を引き、一緒に歩んで来れた。

 彼だけではない。


 小さくあたたかな子供たちの手のひらも加わって、温もりは増していった。


 昨年、生まれたばかりの孫の手を思い出す。

 赤ん坊特有の小ささと、思いがけない力強さに、幾度も感動して二人顔を見合わせた。

 その顔に刻まれた彼のシワが、とてもとても優しく見えて嬉しかった。


 両手で慈しむように温めた。

 だがゆっくりと失われて行く熱に、追いすがる。

 いつも強く、力強く握り返してくれたはずの力は籠(こも)らない。


 それを恨んだりなんてしない。

 後悔もだ。

 ただ、溢れるのは感謝の気持ちだけだ。

 彼は私を伴侶に選んで、ずっと側に居てくれた。

 急速に失われて行く熱に、私の熱を分け与える事はどうにか出来ないものか、と願った。

 彼の手に頬をすり寄せ、唇を押し当てる。