胸が痛い。


 かつてよく不思議に思って尋ねたのを思い出す。

 どこか痛いのですか、地主様?

 その度にどこも痛まない、と返された。


 ああ、そうかと少しだけ……わかった気がした。

 きっとこの方も私と同じ場所が痛んでいるのだ、と思う。

 それは甘い疼きのようなものを伴って、私にどこが痛むのかを教えてくれる。

 彼の胸に手を置いて、恐る恐る顔を上げた。


「あ、あの」

「うん?」

『シュディマライ・ヤ・エルマ?』

「そうだが……。違う。おまえ、わざとだな?」


 珍しくすねたような調子が子供っぽくて、思わず吹き出してしまった。


「ふふ」

「笑うな……。いや、笑ってくれていいが」


 そう言いながら、私の涙を指先でぬぐってくれた。

 くすぐったい。

 それでも涙が止まらないのはどうしてだろう?


「カルヴィナ?」

「そうですが、違います。私も」


 心配そうな声に顔を上げる。

 まるで理解できない。こんな生きもの見たことがない。

 どう扱っていいのか解らない。

 彼の瞳はそう物語っていた。

 それでも手を伸ばさずにはいられないのは、私だって一緒だ。


 戸惑いがちだった大きな手のひらに頬を包まれた。

 その手に自分の手を重ねた。


「レオナル様、どうか。私を貴方の甘露というのなら、そのっ。

 夜露を新たに生まれ変わらせて下さいませ。それが私の真の名」


 昔、おばあちゃんから教わったことを実践する時が、今なのだと思う。

「真の名を教えて欲しい」と乞われたら。


「どうか花嫁に」と望まれたなら。


『少々もったいぶって試しておやり。ただし、相手が答えを当てられるように、

 真名に関わる事をほのめかしてやるといい』


 どうしてそんなに回りくどい真似をしないといけないのか、

 と不思議がる私におばあちゃんは笑いながら、でも真剣にこう締めくくった。


『乙女が真名を明かすのは命を預けるのと同等なんだ。それくらい当然だよ。

 それに……これから先、一緒に添い遂げてもいいと想う相手だからこそ。

 当てた方も誇りに思うだろうよ』


 それでも外れてしまったら、どうしたらいいのだろう?

 そこも訊いたら『それまでの男だったという事だろう』と、あっさり言われたのも思い出す。


 私の真名をこの方なら伝えずとも、伝わるに違いない。


 そんな賭けに出てみる。


 きっと。


 それが答えだ。