行ってしまった。

 その背をぼんやりと見送る。

 優美な後ろ姿は森の闇に飲まれて消えた。


 さらばだ。

 その言葉の意味が浸透した途端、また涙がこぼれ落ちた。

「カルヴィナ」


 後ろから抱き込まれて、頬が傾ぐほど唇を押し当てられる。


 目蓋に近い所に吐息を感じたら、足が震えて立っていられなくなった。

 もう杖がなくとも、立っていられるようになったはずなのに。

 私にと回された腕に震える手ですがった。


「やっとこちらを見てくれたな」


 仮面越しでも、真剣な眼差しだと分かる。


「どうか我が妻になっていただきたい。返事を、カルヴィナ」

「……っ!」

「嫌か?」

 今さら言葉にするのが恥ずかしい。

 こうして、ここにいる事こそがその答えなのだから。

 それでも余りにも切なく、すがるような声と眼差しに息を呑む。


『夜 露(カルヴィナ)?』


 痺れを切らしたような急いた口調だったが、どこか甘やかすものでもあった。

 こんなにも大切そうに、名前を呼ばれた事があっただろうか?

 思わず目蓋を閉じかける。

 だがその次に発された言葉は、私の瞳を見開かせた。


『俺の 甘露(カイロナ)』

「じ、地主様」

「……。」


 ぎゅう、っと抱き込まれた。少し痛いくらいだった。

 怖くなってしまうと、深いため息がおりてきた。


「いまだにその呼び名で呼ぶのか?」

「え?」

 何か、いけなかっただろうか?

 そう思い本気で慌てると、今度は強く睨み据えられた。


『エイメ様』


 ドキリとした。

 何だろう。ものすごく突き放された気分になる。

 自分からそうしておいて勝手なものだ。

 その名で呼ばないで。私はもう巫女王候補なんかじゃない。

 それをどう伝えたらよいか解らない。

 思わず視線を泳がせてしまうと、向かい合うように抱え直された。

 いよいよ逃げ場が無くなって、恥ずかしさのあまり彼の胸に頭を付けた。

 大きな手が頭を撫でてくれる。

 すごく安心できた。

 そのまま彼の鼓動を聞く。