これでもかと押し込まれた女物のドレスを手に取る。


 装飾は控えめながらも、可憐さを漂わせるものばかりだ。

 とてもあの公爵令嬢にあてた物とは思えない。

 指先に心地よい手触りに、何故か胸の奥が軋んだ。

 握り締める。


 今、この館にこれらの衣装に相応しい存在は居ない。


 居ないのだ。


 赤い衣装で黒髪をなびかせて歩くのは誰だ?

 朧気な記憶の中に浮かび上がる、その後ろ姿は?


 気が付けば濃紺のドレスを胸元に引き寄せていた。

 この寸法であれば、その娘はかなり華奢な体型のはずだ。

 思い当たるのは、白い衣装に身を包んだ清らかな少女しかいない。

 ふと目元を何かが掠めた気がした。

 細く繊細な、温かさを宿した何か。

 目蓋を閉じる。

 ……の、瞳と同じ色。


 そう俺の目元に触れながら、淡く微笑んでくれた存在があったはずだ。


 急ぎ自室に戻り、引き出しという引き出しを全部開け、中をさらった。

 耳障りな音にすら構わず、部屋の中をあさり続けた。


 書棚の本も全部、床に下ろす。投げ捨てるように。

 何かが俺を急かしていた。早く、早く、一刻も早く、と。

 俺は何かを忘れている。その大事な何かを探し当てねばならない。

 確信だけが俺を突き動かす。


 書棚の奥から木箱が出てきた。


 それだけはそっと、慎重に開けた。


 中から出てきた物、それは――。


 艷やかな黒髪の束と、赤い石の腕輪だった。


「失礼します、レオナル様!? 何事ですか!」


 騒ぎを聞きつけたのだろう。扉を開け放つなりエルが叫んだ。


「……。」


「レオナル様、これは一体?」


 足の踏み場もない室内に、エルが息をのんだが構わず命じた。


「出かける。馬の用意を頼む」