その度に私自身が削られて行くかのように感じる。
フーフーと鼻息も荒く興奮した一角の君が、容赦なくレオナル様を追い詰める。
ガキリと歪んだ音がして、背筋に寒気が走った。
一角が剣を押しやり、その隙間からレオナル様の腕をかすめたのだ。
『どうした! この程度か!』
高笑いと共にいなないて、一角の君は後ろに下がって距離を取り、再び勢い付けて突っ込んでゆく。
ガキィ!!
レオナル様も渾身の力で受け止めているようだが、彼の足が後退し始めているのが見えた。
「さすがのレオナルも苦しいか。しょせん、獣と人とじゃあ体力に差がありすぎる」
「ふむ。そうなるとあの一角獣が一等騎士となるのか? いや、しかし参加資格は無しと説き伏せておいたのだがなあ」
「そんなもの。人の作った決まりなんかに従う訳がないでしょ」
「そう言われてもな」
スレン様と神官長様のやり取りに、私の中の何かが弾ける。
私は傍らの杖を引き寄せると固く握り締め、立ち上がった。
「どうかしましたか、エイメ?」
気遣うような巫女王様のお声にも答えずに、私は一歩踏み出した。
そのまま囲いへと進み、その小さな扉を開けて、戦いの場である闘技場へと一歩踏み込む。
彼の君の一角がレオナル様の剣を弾き飛ばしたのを見据えながら、叫んだ。
『水底の鏡(シャンティ・スラハ)! 止まりなさい!』
ありったけの力を込めてその名を呼ぶ。
一角の君の動きが止まった。
レオナル様の胸元に一角の先を突き立てるような格好のまま、固まっている。
危なかった。今すこし遅かったらレオナル様は、その一角に一突きされていたかもしれない。
そんな恐怖に負けている場合ではない。私は、間に合ったのだから!
大きく、息を吸い込み、同じように繰り返した。
『水底の鏡(シャンティ・スラハ)! 貴方を私の僕(しもべ)とし、命じます! その方を傷つけてはなりません!!』
『グゥ……! 何故だ、エイメ? 我を縛ってまでも邪魔をするのか!?』
『もう勝負はついています。貴方には参加資格が無いのです。戦いは無意味です。下がりなさい!』
剣も盾も持たない私は、貴方に駆け寄ることなど出来はしない。
ならばあの一角持つ獣は、私のしもべとするまでだ。
真名をもって縛る。
これがいかに裏切り行為で、彼の君との絆を断ち切ることになるか承知の上で。
『下がりなさい!水底の鏡(シャンティ・スラハ)に命じます――次代の巫女王として』
『……おのれ』
忌々しそうに唸りながらも、一角の君は前足を折り、その場に大人しく伏した。
風が吹き抜けて行った。
私の緊張もいくらか落ち着き、忘れていた呼吸をせわしく繰り返す。
いつのまにか静まり返っていた会場に、まばらながらも拍手が巻き起こり、やがて大きな喝采となった。
「素晴らしい戦いでしたよ! ――三名とも。さあ、任命の儀式へと移りましょう」
巫女王様が高らかに宣言されると、レオナル様は胸元に手を当てて一礼してから、ゆっくりと立ち上がった。
まっすぐ、こちらに向かって来る。
その眼差しから逃げることなく、そらさずに見つめ返した。
――逃れられない。
そう思ったから見つめ続けた。
歩み寄ってくる彼こそが、獣の王者のように思えた。
