常に堂々とした強い光を放つような巫女王様と、どうしたって比べてしまう。


 それに引き換え、この少女ときたら。

 まるっきり覇気がない。


 それどころか、まるで怯えきった子猫ではないか。

 どこぞに打ち捨てられていたせいで痩せこけた、見るも無残な真っ黒の子猫。

 そう考えをまとめて、忌々しくその背中を見つめた。

 怯えている様ももどかしく、腹立たしい。

 あんなに弱弱々しい生き物が視界にあるだけで、目障りだとすら思った。

 そう感ずるのなら、即座に背を向ければいいだけの話しだ。

 だが、そうしない己に一番腹が立った。


 目を離せないのだ。

 
 早朝の、スレンの言葉が蘇る。


 良かったじゃないかレオナル。

 君はよく、大魔女がきちんと税を納めないとぼやいていたけれどもさ。

 なあに。

 最後の最後で、大きな見返りを残しておいてくれたじゃないか!

 充分だろう?

 稀有な存在が君の手中に収まったのだから!


 そう。

 その機会を活かすべき時がきたよ。

 さあ。

 君はここに署名すればいいんだ。

 そう、ここだよ。

 これで名実ともに君は、巫女王候補の後見人という立場を手に入れられる。
 何をためらうと言うんだい?


 さあ――。


 ただ、奴の言われるままに自分の名前を書き連ねた。


 ザカリア・レオナル・ロウニアが、大魔女の娘を保護し、その身を神殿に預ける事を承諾する――。


 それだけだった。

 何の疑問を覚えることもない、ただの一連の作業の一環だったはずなのに。

 この手に残されたものが書状だけだということに、酷い虚しさを覚えたのは何とする?


 気が付けば、ぐしゃりと握りつぶしていた書状。


 放り投げるわけにもいかず、自室の引き出しに押し込めてきた。


 この訳の分からないもどかしさを振り切るために、修練場へと急いだはずなのに。


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「皆、ご苦労でしたね。この子が落ち着いたら改めて、紹介すると致します。皆、持ち場に戻って下さい」


 涼やかな声音が響きわたる。


 その声に皆、弾かれたように己を取り戻した様子だった。

 めいめい、頷いて巫女王様に応えている。

 止まっていたかのように思えた時間が流れ出した。

 そんな中、俺だけが動き出せずにいた。


 ただ、馬鹿みたいに――。


 高貴な砦に守られた、黒髪の娘だけを見続けていた。


 決して、こちらを見ようともしない娘を未練がましく。

 ひたすらにこちらを振り向きはしないかと、それだけを期待して。

 すっかり怯えきった少女を、スレンが抱き上げて退出して行く。

 ただその後ろ姿を、黙って見守る事しか出来なかった。


 その背が見えなくなるまでずっと、その場にたたずんでいた。