常に堂々とした強い光を放つような巫女王様と、どうしたって比べてしまう。
それに引き換え、この少女ときたら。
まるっきり覇気がない。
それどころか、まるで怯えきった子猫ではないか。
どこぞに打ち捨てられていたせいで痩せこけた、見るも無残な真っ黒の子猫。
そう考えをまとめて、忌々しくその背中を見つめた。
怯えている様ももどかしく、腹立たしい。
あんなに弱弱々しい生き物が視界にあるだけで、目障りだとすら思った。
そう感ずるのなら、即座に背を向ければいいだけの話しだ。
だが、そうしない己に一番腹が立った。
目を離せないのだ。
早朝の、スレンの言葉が蘇る。
良かったじゃないかレオナル。
君はよく、大魔女がきちんと税を納めないとぼやいていたけれどもさ。
なあに。
最後の最後で、大きな見返りを残しておいてくれたじゃないか!
充分だろう?
稀有な存在が君の手中に収まったのだから!
そう。
その機会を活かすべき時がきたよ。
さあ。
君はここに署名すればいいんだ。
そう、ここだよ。
これで名実ともに君は、巫女王候補の後見人という立場を手に入れられる。
何をためらうと言うんだい?
さあ――。
ただ、奴の言われるままに自分の名前を書き連ねた。
ザカリア・レオナル・ロウニアが、大魔女の娘を保護し、その身を神殿に預ける事を承諾する――。
それだけだった。
何の疑問を覚えることもない、ただの一連の作業の一環だったはずなのに。
この手に残されたものが書状だけだということに、酷い虚しさを覚えたのは何とする?
気が付けば、ぐしゃりと握りつぶしていた書状。
放り投げるわけにもいかず、自室の引き出しに押し込めてきた。
この訳の分からないもどかしさを振り切るために、修練場へと急いだはずなのに。
・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・
「皆、ご苦労でしたね。この子が落ち着いたら改めて、紹介すると致します。皆、持ち場に戻って下さい」
涼やかな声音が響きわたる。
その声に皆、弾かれたように己を取り戻した様子だった。
めいめい、頷いて巫女王様に応えている。
止まっていたかのように思えた時間が流れ出した。
そんな中、俺だけが動き出せずにいた。
ただ、馬鹿みたいに――。
高貴な砦に守られた、黒髪の娘だけを見続けていた。
決して、こちらを見ようともしない娘を未練がましく。
ひたすらにこちらを振り向きはしないかと、それだけを期待して。
すっかり怯えきった少女を、スレンが抱き上げて退出して行く。
ただその後ろ姿を、黙って見守る事しか出来なかった。
その背が見えなくなるまでずっと、その場にたたずんでいた。