夜が明けきるその前に、地主様の館を後にした。
私は夢であったのだから、夜明けと共に立ち去らねばならない。
アォォォ――――ンン!!
未だ人々の寝静まる中、犬たちの遠吠えが響き渡る。
鳴き声に驚いたのだろう。枝で休んでいた鳥達も、いっせいに羽ばたいた。
そんな中、館に背を向けた。
犬たちは気配に敏感だ。何かを感じ取ったに違いない。
ァォォ―――ゥ――!
風と一緒に遠ざかって行っても、遠吠えがいつまでも耳に届くのは何故なのだろう。
心の中でさよならと告げて、耳を塞いだ。
闇がゆっくりと薄れゆくその中を、スレン様と馬に揺られて進む。
それが何とも後ろめたくて、ショールを被りこんで身を縮めた。
頬に当たる風が冷たくて助かると思った。
温かなまどろみに身を任せたら最後、何もかも夢だと片付けてしまいかねない。
私は、私だけは、夢と忘れる事を自分に許すまいと誓ったのだ。
そんな自分を諌めてくれる風をありがたく感じながら、揺れに身を任せた。
丘を超えて、畑を通り抜け、街も抜ける。
目指す場所は、神殿と呼ばれる所だ。
遠目からも荘厳さがひしひしと伝わってくる。
大きく天に向かってそびえ立つ尖塔が、こちらを見下ろしていた。
近づくにつれ、建物の周りを取り囲む壁と堀が見え始めた。
張り巡らされた城壁と、たたえた水とに守られた聖域。
神殿へと掛けられた橋を馬で駆け抜けると、重い扉が開かれた。
すり抜けるように通り過ぎると、扉はまた勝手に閉まった。
側には誰の姿も見えない。
スレン様は何も仰ってはくれない。
私も尋ねる気が起きない。
それでいいのだろう。
二人の間で言葉にせずとも、成り立つものが出来つつあるのだとだけ感じた
。
広く開けた場所は庭園なのだろうか。たくさんの白い花々に迎えられた。
そこまで無言で進むと、馬から下ろされた。
スレン様の白馬もまた、心得たように勝手にどこかに行ってしまった。
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これだけ大きな建物なのに、しんと静まり返っている。
人の気配がまるでしない。
誰ともすれ違うことなく、幾本も並んだ柱の間から、差し込んでくる朝日の中を進む。
響くのはスレン様の靴音だけだ。
どうしても自分で歩く、とは言い出せなかった。
なだらかだが、容赦なく続く階段に嫌気が差したのではない。
こんなにも真っ白な石造りの回廊を、杖を付くのをためらった。
それどころか、自分の足を付けることさえ、何だか遠慮したいと思った。
そんな私を見越していたのだろう。
馬から降ろしてもらった時に抱えられたままで、スレン様にこうやって運ばれている。
抱えてもらいながら、杖をぎゅっと握り締めた。
スレン様の歩みに迷いはない。