危なかった。

 安堵するけど、残念な気もしてしまう。

 残念――?

 自分にそんな想いが湧き上がった事に赤面してしまう。

 指先で唇の輪郭をなぞった。

 地主様の動きを再現するように。


 はしたないのかもしれない、と一人顔を赤らめる。

 自分で自分の両頬を打った。

 そのまま頬を挟み込んだまま、体を二つ折りにする。

 恥ずかしくて、誰も見ていないというのに、何となく顔向けできなかった。

 誰にという訳では無いけれど、何となく。

 私は臆病者だ。

 差し出されたものを受取れず、かといって拒む事も出来ずに、ただ持て余しているだけなのだから。

 カーテンにくるまったまま、動けずにいた。

 彼から伝わってきた想いを噛みしめながら、打ち震えていることしか出来ないでいた。

 本当は伝えなければならない事があるはず、なのに。

 それからも、地主様はふいに訪れては去ってゆく――。

 私は相変わらず臆病なミノムシのままだった。

 目には見えないかもしれないが、小枝の鎧をまとったままで地主様と向かい合う。

 その度にミノムシはまた、ささやかな鎧を取り払われてしまう。


 微かな熱を私に与えては、必ず迎えに来るからもう少し待つように言いおくのだ。

 もう少し、ってどれくらい何だろう?

 それすら怖くて訊けなかった。

 曖昧に頷きながら、その背を見送る。


 聞きたいことがたくさん、たくさんあったはずなのに。

 地主様もまた、言いたいことがたくさんあるように思えるのに。


 お互い何かをごまかしながら、短い時間を重ねている気がしてならなかった。

 私も地主様も、何かを静かに待っている。

 それが何なのかは言葉にするのは、ためらわれてしまう。

 だから、お互いにいつもほとんど何もしゃべらないのだと思う。


 その正体を明かすのは、怖い――。


 地主様がふいに訪れてくれる短い時間だけが、今の私の全てだった。


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 夜中、ふと目が覚めた。

 そっと頭を撫でられた気がして、闇に目をこらす。


『やあ』

「スレン様?」

『ん。こんばんわ、フルル』

「こんばんわ」

『さ。起っきして?』

 眠い目をこすりながら、どうにか身を起こすと、横抱きにされた。

 夜具から出された途端、ひんやりとした空気が意識を引き締める。

「どこに行くのですか?」

『ん? いいところ』

 音も無く、闇の中を滑るように、スレン様は進む。

 笑みの形を作る、口元だけしか見えなかった。

『いいところ?』


 小さくあくびを噛み殺しながら、私も古語で返した。


『そう。レオナルのところ』

『こんな時間に?』

『こんな時間に』


 くすくす笑いながら、背中をぽんぽんと叩かれた。