どうして私が、スレン様に取られるなどという発想がわくのだろうか。
スレン様は私もそんな地主様と、同じ顔をしたと言って笑っている。
「……そんな事、ありません」
どうにか、そうひねり出すだけで精一杯だった。
スレン様の言葉が衝撃的過ぎて、上手く口が回らない。
頭の中に響くのは、地主様を取られると思ったという事だけだ。
取られるも何も。地主様は元々、私のものではない。
私の事を子猫呼ばわりした、綺麗な貴婦人が浮かぶ。
彼女のドレスの裾が、いつまでも目の端にちらついて離れてくれない。
考え込んで黙り込んだ私を、スレン様が馬へと上げてくれた。
ご自身も軽やかに飛び乗った。
「はっ!」
掛け声を合図に、馬が歩き出す。
「嫉妬だって生きる者の糧にすればいい。ほらぁ、僕はこの通りだーかーら? そういう想いを抱ける君らが羨ましい。心底」
また嫌味なのかと思ったけれども、そうでもないようにも伝わる。
「僕はね、君と一緒。人の感情に非常に敏感なんだ。でも、フルルと違うところはそれを生きる上での糧と思っているところ」
ぎゅう、と後ろから抱きしめられる。
何となく拒絶する気も起きなかったから、そのまま大人しく収まっていた。
「だからさ。フルルが醜いと嫌っているその感情の波ですら、僕にはとても……尊く響くよ。生きているって感じがするよね」
「よく分かりませんけれど。出来ればこんな気持ちには、なりたくありません。すごく重苦しくてたまらない。スレン様に吸い上げて糧としてもらえるのなら、こんな気持ちを全部無かったことにして欲しいくらいです」
「気持ちって目には見えないものじゃない? でも重さを感じたり、軽やかさを感じさせてくれたり。確かな手応えはあるけど、言葉でなんてとてもじゃないけど表現しきれないし、もどかしいったらないよね。伝えようがない。自分の気持ちは自分で味わい尽くすしかない。それなのに、僕たちときたら他者の感情に敏感ときている。本当にしんどい時があるよね」
「スレン様でも辛い時があるのですか?」
「ええ!? 食いつくところ、そこなの? ひどいや、フルル!」
「申し訳ありません。スレン様には苦労が似合わないので、つい」
「まあ、いいけどね。それよりも僕は、もっと自分の感情と戯れたらと薦める」
スレン様と他愛の無い会話を繰り返すうち、ずい分気持ちが落ち着いてきた。
