それは和解の申し出なのだと受け取った。
カルヴィナの元へと急ぎたいのを堪えて、招かれざる客人を案内する。
何の感慨も無かった。
いっそ、清々しいくらいに。
一体、この傍らとの女性との時間は何だったのだろうかと、首を捻りたくなる。
お互い異性であったからこそ、生じた幻想に踊らされてしまった気がする。
そうだ。彼女が同性であったなら、間違いなく同志として仲間になっていたことだろう。
それこそ、言っても始まらないが。
ルゼとて、同じことだろう。
嫌にあっさりと引いた。
もとより俺に対する執着は薄い。
自身の婚約が決まってからは、まるで連絡が無かった。
ルゼは恐らく、婚約者のことを少なからず想っている。
だからだ、と推測する。
俺にどうにかしろと文句を、忠告もかねて押しかけたといった所か。
このタヌキ親父の血を引く娘は、けして本心を暴露する事は無いだろうが。
急にルゼの歩みが止まった。
「な、」
『このルゼ・ジャスリートがザカリア・レオナル・ロウニアよりも高みに立つ』
問いかけるよりも早く、何事かを呟かれた途端、俺の足も止まった。
足だけではなく、体が動かなくなった。
咄嗟に彼女と間を取ろうとしたのだが、遅かった。
縛られた。
自由がきくのは眼差しだけだった。
精一杯睨んでも、ルゼは笑みをたたえたまま、ゆっくりと近づいてきた。
柔らかな体を押し当てられ、首筋を細い指が這う。
『屈んでちょうだい、レオナル』
抗わない自分の膝が恨めしい。
その途端、彼女の唇が額に、次いで唇の真横に当てられた。
女の柔らかさに、煩わしさを感じたのは初めてだった。
きっと腕が自由だったら、突き飛ばしていただろう。
ルゼとてそこを踏まえていたからこそ、妙な術を用いたのだと思う。
油断していた。
『ザカリア・レオナル・ロウニアを解放する』
そう長い時間では無かったはずだが、ずい分長いように感じた。
「ルゼ! 戯れが過ぎるぞ」
「ふふ。怖い顔。ダメよ、レオナル。そんな風じゃあ、ますます子猫ちゃんに怯えられちゃうわよ」
背後に微かな気配を感じて振り返った。
だがそこには誰も居なかった。
しかしそこはカルヴィナへとあてた部屋の前だった。
もしや、まさかと視線を上げる。
見上げたバルコニーに人影は無かったが、わずかに出入りの窓が開いているのが見えた
。
「ルゼ、何がしたいんだ?」
「決まっているわ。もちろん」
――嫌がらせ。
「どうしてわたくしが振られなくちゃいけないのかしら? わたくしが貴方を振るの。そうでしょう?」
訳の分からない主張をするルゼに背を向け、駆け出していた。
