動けなかった。

 否やと答えたいはずなのに、どうしてか首を縦に振ることすら叶わない。

 ここに踏み止まりたい。

 ただそれだけを願う。

 ここという場所がどこなのか。


 それは。


 まぶたを伏せ、それは何処かと自分の胸に尋ねる。


 間違いなくまっ先に浮かぶと思われた、森の姿は無かった。


 その事に驚いて、目の前のスレン様を見上げる。


 スレン様は困ったような顔をして、それから笑った。


「ね? フルル、そうしなよ。君の事を大好きな者たちも、それを望んでいる」

 手を差し伸べられる。

 それはそれは優雅に。

 一緒に踊ろうと誘うかのような気楽ささえも、憎らしかった。


 その手を拒むにはどうしたらいい?


 でもどうしてその手を拒む必要があるの?


 簡単だ。

 ただその手に、手を重ねればいいのだから。

 全てはそれで済む事を、私はどこかで承知していた。


 今ならまだ間に合う。


 取り返しのつかなくなるその前に。


 この手を取りさえすれば、おそらく私は笑って過ごせるだろう。


 これ以上、泣くこともなくなる。

 これ以上、胸を痛ませることもなくなる。

 これ以上、戻れない想いが降り積もることもだ。


 あの方も私を置いて行ってしまう人。


 それを忘れてはならない。


 それでも。


 それでも?


「フルル」


 優しく促すように名を呼ばれた。


 それから言い直された。


『僕らの、フ・ルールゥ』


 発音が違えば意味合いも異なる。

 それはいきなり優しい響きを持って、私を呼んだ。


 フ・ルールゥ。


 それは古語で愛し子を表す言葉。


 一気に涙が溢れた。


 説明のつかない、あたたかなもので満たされて溢れ出したかのような涙だった。


 懐かしい。懐かしい。懐かしい、私の還りつく場所。


 私はゆっくりと、手を差し伸べていた。