答えは返らない。

 地主様の唇が項から肩へと滑る。

 少し、ちくちくするのはきっとお髭だと思う。

 また、伸ばされるのだろうか。


「じ、」

 ふいに体が浮いて、向き合わされる。

 苦しそうな光をたたえた瞳とかち合う。

 何事かと驚いていると、そのままゆっくりと横たえられてしまった。

 陽の光で温められた寝床から、細かなチリが舞うのが見えた。

 心地よさを感じて、眠気に引き戻されそうになる。


 右の肩を大きな手で押さえ付けられて、顎を捉えられた。

 強引ではあるものの、乱暴にではない。


「カルヴィナ。どうして名前では呼んでくれないのだ?」

「どうしてって……。恐れ多いからです」

「恐れ多いとは何だ?」

「地主様が地主様だからです」

「それがどうした? 昨晩はあんなに呼んでくれたではないか」


「わ、忘れて下さいっ!」


 そういえば、と一気に夜更けの事が思い出される。

 ただならぬ雰囲気に流されて、怖さのあまり根を上げたのだった。

 きっとお酒も少し入っていたからだと思う。

 でも、今は違う。

 ちゃんと身をわきまえねばならない事くらい、心得ている。

 お祭りはもう、終わったのだ。

 乙女に焦がれる森の神様も、彼を想う巫女の魂も、森の奥深くへと帰っていったはずだ。


 だから、この胸に居座り続ける想いはきっと、彼らの名残に違いない。


「カルヴィナ。おまえは俺に腕輪を贈ってくれた。赤い石の。そうだろう?」


 地主様に腕をかざして見せられる。

 これがその証拠だ、と言わんばかりの勢いだ。


「はい」

「だったら、何故そう頑なに俺を拒むのだ?」

「拒む?」

「そうだろう。俺にはそうとしか思えない。おまえは身も心もこの腕輪に託して、俺に差し出してくれたのでは無かったのか?」

「……?」


 どうしよう。

 また、地主様の言っていることが解らない。

 でも理解しようと頭をひねった。

 昨日スレン様から言われた言葉も参考にするならば、私は地主様に自分自身を丸ごと差し出したということになるのだろう。

 それがどういう事なのか、はっきりとは知らない。

 でも朧気でも自分がどういう状況に直面しているのかくらい、知っている。

 もしかしたら、とも思い当たる。

「えっと? どうぞ地主様の、気の済むようになさって下さい」


 覚悟を決めて目をつぶった。


 赤い石の意味するところは、乙女の純潔――純血。

 血肉を捧げようとした乙女を見習ってのものが、赤い石で表すとなったのだそうだ。