まだ実感がわかない。
ただ、ゆるゆるとこの胸が温まって行く気がした。
惜しみなく拍手をくれる輪の中で、地主様と顔を見合わせる。
自然と頬が緩んだ。
地主様も仮面越しだが微笑んでおられるようだ。
唇の端が持ち上げられている。
強く風が吹いた。
訪れる冬を感じさせる冷たさも含んだ風。
だが、それだけではなく、人々の熱気をも含んで感じられた。
ベールが風にはためく。
地主様の大きな手がベールと、耳にさしてくれた花を押さえてくれた。
―― ほら。風が吹いた。
いつだって二人の間を、風が吹き抜けて行ったものだった。
おばあちゃんと過ごし続けた日々を思い出す。
あの時と同じ風が吹いたから。
―― ああ。どうしても、さらわれて行ってしまうか。
おばあちゃんは目を細めながら、風の行方を追っていた。
仕方が無いねぇと言いながらも、その声は嬉しそうだった。
風が吹き抜けて行くのは決まって森の奥深く。
二人の間のないしょ話も、その間にあった温かな空気も一緒に送り届けられているのだ。
そうして力を取り戻す。
今、この時も。
森の奥で見守っている存在を感じる。
感じる。
その眼差しは好奇に満ちている。
生きている私達の一瞬のきらめきを見逃すまいとして。
―― 何もかもがまばたきの間でしかないよ。
おばあちゃんはよくそう言っていた。
亡くなる、その直前まで。
だから瞬く。
その瞬間を焼き付けるために、私たちは瞬くかもしれないとすら思う。
瞬く度に心の奥底に刻み込み、瞬き重ねる度に深く深く刻まれてゆく。
この身が滅んでも残るという、魂に届くまで。
惜しむように目蓋を閉じ、待ち侘びるように目蓋を開ける。
光を閉じ込めて、また、光を求める。
その繰り返しだ。
(おばあちゃん。私はおばあちゃんと同じものを見ていられたかな?)
もちろん同じ風景を見ていても、その目に映る色彩は人それぞれだろう。
それでも、何か重なったものを感じて、見ていられたなら、嬉しい。
目の前に立つ、地主様を見上げる。
見上げながら、おばあちゃんに願った事と同じ事を望む――。
そんな自分に気が付く。
戸惑いながら見上げた視線。
地主様は逸らさずに見つめて下さった。
それだけで充分だ。
そう思えたからそっと目蓋を伏せた。
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また、風が吹いた。
森の大いなる意思たちから、それで良いのだと言ってもらえている気がした。
