また明日ね、絶対ねと約束して、見送った。


 魔女の家に傾き始めた日が射しこむ。


「……。」

「……。」


 地主様と二人で黙ってテーブルの上を片付けた。

 細かなカケラやカラをよけてから拭く。

 取り出した実には布を掛ける。


 今日はいつにも増してにぎやかだった。

 その分また余計に帰りたくなくて、切なくなる。

 どうしてそう感じるのだろう?

 例え帰らずに済んだとしても、夜はここで一人で過ごすのに。

 思わずふぅとため息がこぼれていた。

「疲れたか?」

「いえ。あの。今日はありがとうございました。こんな事まで、地主様にまで手伝わせてしまって、申し訳ありませんでした」

「いいや。……いい勉強になった」

 そう地主様は静かに仰った。

 勉強になった? 何の事だろう。

 そう思いあぐねていると、地主様も隣に腰を下ろした。

 そうして布をよけて、クルミをひとつ摘まむと私に差し出した。


「報酬だ」

「え?」

 それは地主様が受けるべきものだろうに。


 地主様とクルミとを交互に眺めていると、ずいと口元に差し出された。

 身を引いて、受け取ろうと手を伸ばすと、嫌そうな顔をされてしまう。


 何故?

 そう考え込んでいる間に、地主様の指先が唇に押し当てられてしまった。

 不意打ちだった。

 地主様の指が唇を撫でながら、実を押し込んできた。

 自然と実を受け取ってしまう格好となる。

 噛み砕くと歯ざわり良く、クルミの実のあぶらがじわっと口に広がる。

 おいしい。

「うまいか?」

 もぐもぐ、ぐもぐもとしつこく噛んでいると尋ねられた。

 こくんと頷く。

 またしても頭のてっぺんに大きな重みを感じた。

 地主様の手だ。

 それは大きくて私の頭を一掴みにしてしまえるほどだ。

 ちびちゃん達にしたみたいに、ごしゃごしゃと頭を撫でられた。


「そうか」

 良かったな。

 そう呟く地主様の瞳はやわらかな光で満たされていた。

 この部屋を満たすのと同じ光だ。

 私もクルミをひとつ摘まんだ。

「はい」

 同じように地主様の口元へと差し出す。

 頭を撫でてくれていた手が止まる。

 唇を固く引き結ばれてしまった。


 やはり不躾だっただろうかと不安になって、手を引こうとしたら、手首を掴まれていた。


 そのまま引き寄せられ、地主様の唇が指先に当てられる。

 そうして指先ごと、口に含まれてしまった。

 思いのほか、やわらかな弾力に驚く。


「――うまいな」


 何故か震えだす指先に説明がつかなかった。