「よぉ」

 今日はいつもより、早い時間に迎えに来れた。

 まだ日暮れまでには充分時間がある。

 うららかな昼下がり。

 魔女の家の扉を開けると、そこには村長の息子――名は確か、ジェス青年が居た。

 俺を見ると、やる気の無さそうな声が掛かった。

 椅子に腰下ろし、身体を前に折りこむ様にして、何やら手作業をしている。

 随分と椅子が小さく、窮屈そうに見える。

 この青年がいるというだけでかさ張って、魔女の家が手狭に思えた。

 扉の取っ手に手を掛けて、押し開けた格好のまま踏み込まず、固まった俺にジェスがため息を付く。

「カ……。」

 カルヴィナはどうした、と口を開きかけた途端、青年が人差し指を己の口元に立てて見せた。

 そのまま指先で流れるように、部屋の奥の扉を示した。


「……。」

 さらに村長のせがれは黙ったまま、顎をしゃくる。

 俺の訝しげな視線を一瞬受け止めてから、肩をすくめると、再び手元の作業に戻った。

 何なのだ。

 何やら癪に障ったが促がされるまま、そっと奥の部屋に近付く。

 扉は薄く開かれている。


 慎重に覗き込むと、そこには二人の娘が仲良く眠り込んでいた。

 射しこむ午後の陽射しを受けて、黒い髪と金の髪がつややかに輝いている。

 最初に湧き上がったのは怒りだった。

 それも無邪気に眠る娘二人を前にしている内、脱力に変わって行った。


 闇色を授かった娘は光の祝福を一身に受けて、微笑んでいるようにも見えた。

 気持ち良さそうに眠っている二人は、赤ん坊だった頃の姪を思い起こさせる。

 陽射しをやわらかく受け止めて、頬や唇のまろやかさが浮かび上がって見える。

 そうだ。

 あれはまだ幼さの残る少女だったのだと思い出して、視線を外す。

 靴も脱がずに、寝床には足先を出して横たわっているのには、思わずため息が漏れた。


 そう高さも無い寝床は、老体であった大魔女の寝床だったのか。

 足の充分上がらない娘のものか。

 二人とも、やや突っ伏すように眠り込んでいる。

 その手元には作りかけの腕輪やら、色石やらリボンやらが握られたままだ。

 大方、ここの所の作業の疲れが出て、眠ってしまったのだろうと察しは付く。

 だが少々違和感を覚えた。

 寝床から少し離れた所に、空のカップが二つ盆に置かれていた。


 その側には果実(かじつ)らしきものを漬け込んだらしい、瓶が見えた。


『どうぞ、地主様。じき、祭りも近いからね。魔女特製の果実酒を振舞うよ』


 見覚えある瓶に、かつての大魔女の言葉が蘇る。