暗にオマエがそう言い出すなら森には帰してやらないがどうだ、という事なのだろう。

 わかってはいるが言い出さずにはいられない。


 この祭りの前の森の気配。

 それを感じたい。

 それは魔女の力になる。


「あの、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何だ」

「どうして森の家に泊まってはいけないのでしょうか? 何故、地主様のお屋敷に戻らねばならないのでしょうか?」

「危ないからに決まっているだろう」

「危ない、ですか?」


 何の事かと理解できない私に、地主様が唸るように続ける。


「年頃の娘が一人で森にいたら危ないに決まっているだろう」

「今までそうやって暮らしておりましたが、特に危険な事はありませんでしたよ。獣よけのまじないもしてありますから、大丈夫ですよ」

「その獣よけが全ての獣に有効とは思えない。特にあの灰色の毛並の、琥珀の目玉のアレ」


 アレ?

 狼のことを仰っているのだろうか。


「全ての、獣ですか。ええと、狼や熊や蛇にはちゃんと効いています」

「気がつかなかっただろうが、狼がおまえを飢えた眼差しで狙っていた」

「えっ!?」


 いつのまに?

 あんな村中にまで狼が現れる事なんて、よほどの事だ。

 まるで気が付かなかった。


 流石は地主様だ。


 騎士様として、鍛えておられるだけはある。


 きっと、そういった気配に敏いに違いない。


「あの、では地主様も一緒なら許して下さるのですか?」


 彼が強張ったのが伝わり、すかさず頭を下げて詫びた。


「申しわけありません。かえって地主様にはご迷惑をお掛けしますよね」


「オマエは俺に外で寝ろというのか?」


「え? 外ですか? 滅相もございません」


 確かに彼にしてみたら、あの家の寝台は粗末だろう。


「もし、そうなったならば、私はおばあちゃんの使っていた寝床で寝ますよ?」

「……。」

 何か、おかしな事を言ってしまったのだろうか?

 そうに違いない。

 慌てて謝った。

「そういえば、食事もあんまり良い物はご用意できませんね。すみません、忘れて下さい」

「俺はそのような事を気にして言っているのではないのだ。分かるか? ……わからないのだな」


 獣でもない。

 寝床でもない。

 食事でもない。


 私がまたおばあちゃんを思い出して、泣き続ける心配をしているのだろうか?

「えっと、もう、おばあちゃんを思い出して泣き暮らしたり、しませんよ?」


 そっと地主様の腕に手を掛けながら、振り返るように見上げる。

 それでも、密着しすぎているから、視界に入るのは地主様の首元がせいぜいだった。


 胸元が上下したと思ったら、深いため息が振ってきた。


「やはりオマエのような危機感の薄い娘はとてもじゃないが一人で置いておけない」


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 地主様のお声は重々しく、何故か棒読みだった。