何が起こったのか、理解できないでいるらしい。

 念願かなって木の実の雨に打たれる事が出来たが、それは男の腕の中でだ。

 カルヴィナがおずおずと手を差し出す。

 もうすでに木の実は止んでしまった。

 それでも手のひらに受け止めようというのか。

 しばらく、そうやって手をひらひらと泳がせていたが、急に動きが止まった。

 この状況はいかがなものかという事に、やっと気がついたという所だろう。

 俺を押しやろうとしながら、そっと見上げてきた。

 その瞳は不安そうに揺れていた。

 誰かこの状況を説明して欲しい。

 そんな表情だった。

 俺だってそう思う。

「どうだ? これで気が済んだか?」

 腕の中で呆けたカルヴィナが、正気を取り戻す前に声を掛けた。

 さも、おまえが望んだからこうしてやったのだという口ぶりが、我ながら滑稽(こっけい)だった。

「あんまり、よく見えませんでした。でも、打たれた音が近かったです。あの、ありがとうございました」

 そう小さな声で、躊躇いがちに礼を言われた。

「もう、戻ろう。日も暮れてきた」

「はい」


 返事はしたものの、名残惜しそうにオークの樹を見上げたカルヴィナを、そのまま抱えあげて馬へと運んだ。


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 来た道を戻ると、思ったよりも日が傾いていた。

 辺りには闇が忍び寄り始めている。

 あそこの空間は明らかに異質だった。

 異界との境目なのかもしれないと推測する。

 振り返ってみたが、大木は既に見えなくなっていた。

 ここに来るまでに、付いてきていた何者かの気配も遠のいている。

「あのオークの樹の存在を、もしかしたら他の誰も知らないのではないか?」

「そうかもしれないし、そうでも無いかもしれません。私はおばあちゃんに教えてもらいました」

「他には、一緒に行ったことのある者はいないのか?」

「はい。おばあちゃん以外には、地主様が初めてです」


 カルヴィナが少し気だるそうに、受け答えをしてくる。

 ここ最近、帰りはいつもこうだ。

 なるべく負担にならぬよう、気を配りながら馬の足を進める。


 朝早くから準備にと出かけた上に、はしゃいだのだ。

 体力も限界に近いのだろう。

 うつらうつらとし始めているが、それを表に出さぬようにと必死で起きている。

(何と無防備な)

 内心ではそう悪態付いてみるが、正直な所、安堵する自分が居る。


 ようやっと打ち解けて、俺は危険ではないと認識し始めたらしい。


 それと同時に苛立ちを覚えるのも、また確かだ。

 カルヴィナは俺を、本当の意味では意識していない。

 その事実を突きつけられたような気分になる。

「楽にしていろ」

 気を張り続ける身体を、持たれかけさせるように支えてやると、ややあってから小さく頷かれた。

 ふいにこみ上げた愛しさのままに抱き寄せた身体は、相変らず細く頼り無く、儚い。

 だが、女のものだった。


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 いまだ幼い少女なのだという意識が、俺の中で変わり始めている。