「本当に何にもないよ」


「本当にぃ?」

 何故か疑わしそうな眼差しに晒されたが、隠し立てするような事は何も無い。

「挨拶と必要最低限の事だけだよ。しいて言えば」

「しいて、何?」

「叱られてばっかりいるよ」

 実は今朝も、少し怒らせてしまった。

 思い出して、また気持ちが沈んでしまう。

 せっかく作業で気を紛らせていたのに、とミルアを恨みがましく見やった。

「何か、あったの? 言ってみなよ」

「今朝は、地主様に送っていただかなくても大丈夫ですって、お伝えしたの。そうしたら、すごく睨まれた」

「何それ、はしょり過ぎ! エイメは最初と最後の結論しか話さないんだもの! もう~もっと詳しく話してよ」

 そこはお互い様だと思うのだが。

 今はそんな事はどうでもいいでしょう、とミルアは続きを促がした。

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。

 なんて事は無い。

 今日は地主様がお仕事のため、遠出をなさると聞きかじった。

 だから、送ってもらうのは忍びないと思ったのだ。


「地主様。野菜売りのおじさんの荷馬車に、乗せて行ってもらいます」


 そう提案した。

「おまえはあの時、そうやって抜け出したのだな?」

 余計な藪(やぶ)をつついたらしい。

 しまったと思ったが、遅かった。

 押し黙るという事は、それが答えだという事だと言っているに等しい。

 ものすごく睨まれた。怖かった。

 また怒鳴られるかもしれないと思い、恐れをなして、固まってしまった。

 身を縮ませてその時を待ったが幸い、深く重々しいため息を聞いただけで済んだ。

 そのまま、無言で抱き上げられ、馬に乗せられた。

 地主様はそれから、何も仰らなかった。



 今朝方の出来事を説明し終えると、ミルアからもため息をつかれてしまった。

「それはエイメが悪い」

 そうきっぱり言い切られ、釈然としなかった。

 一方的に責められた気分にむっとしながら、再び作業に没頭する事にする。

 それでもミルアは解放してくれる気はないらしく、しつこく話題を振って食い下がってくる。


「ね、ね、ね! 赤いのは地主様に、差し上げるのでしょう?」

「何を?」

「もう! 決まっているじゃない! ちゃんとワタシの言う事、聞いてくれていた?」