「森に着いたらちゃんと下ろしてやるから、そう機嫌を損ねるな」
掛けられた言葉に驚いて、彼を見上げる。
最近の地主様はやたらに、このような言葉を口にするようになった。
何故、地主様ほどの御方が魔女ごときに気を使うような事を言うのか、不思議でたまらない。
「……。」
今日こそ尋ねてみようと思ったのだが、まずは違和感について追及してみる事にした。
そっと指先を慎重に伸ばす。
「地主様、お髭がありません」
そうなのだ。
いつもしかめ面で鷲の様に鋭い眼差しに加えてあるはずの、整えられた口ひげと顎ひげが見当たらないのだ。
そのせいか、いつもの威圧感が少し和らいだ気さえする。
そう私が感じるのも、髭がある男の人はオトナで、とても偉い人だという印象を抱いてしまうからなのか。
そこは解らなかった。
抱きかかえられたこの格好では、地主様の表情はよく見えない。
首が痛くなってきた。
ただ言えるのは、彼の肌は日に焼けてはいるが荒れていないという事だ。
今まで髭があったなんて事すら、解らないくらいに滑らかな顎に確認するために手を伸ばす。
「………………剃ったからな」
このまま無視されてしまうのかと思うほどの間を置いてから、ぼそりと呟き返される。
「だからか?」
「え?」
「だから先程、笑ったのか?」
「さっき?」
「笑っただろう」
「いつですか?」
「もういい」
「はい」
「何故、剃ったのか聞かないのか?」
もういいと言われたので黙ったのに。
訳がわからない。
そう言われるという事は訊けと言う事なのだろう。
さして興味も無かったが、一応礼儀だろうと訊いてみる。
「どうして、剃られたのですか?」
「リディアンナの頼みだ」
「リディアンナ様の頼み」
「その方が若く見えるから、そうしてくれと頼まれた」
なるほど。流石はリディアンナ様だ。
賛同して頷いた。
「はい、私もそう思います。お年よりも若く見えます。ええと、35歳くらいに」
「…………俺はまだ29だ」
これ以上は黙っていようと思う。