大地主と大魔女の娘



 何とか振り返る。

 駆けて来るリディアンナ様が視界の端に映った。

 それもあっという間に遠ざかり、リディアンナ様やお姉さん達の姿も見えなくなった。

 お館の門をくぐり抜け、そのまま目の前に広がる草原を行く。

 緩やかな丘陵(きゅうりょう)をいくつか超えると、収穫の時期を迎えた麦の穂が揺れる畑が続いていた。

 地主様が馬を走り抜けると、麦の穂を刈る人達が折った腰を起こしておじぎをするのが見える。

 小さい子もいて、両手を大きく振ってくれていた。

 皆、地主様と知って挨拶してくれているのだろうか。

 しかし、地主様はといえば私を抱えている。

 なので代わりに小さく手を振ってみた。

 すると皆、手を振って応えてくれた。

 子供たちはよりいっそう手を振って、歓声を上げながら追いかけて来る。

 その姿も笑い声もあっという間に遠ざかる。

 まばらに木が生えた小道を抜け始めた頃には、エルさんともう一人のお付の人も追いついて来た。

 そこに五匹もの猟犬たちも加わり、一気に騒がしくなった。

 目指す道の先から流れてくる、森の気配とはまるで違う。

 犬たちの興奮した勢いに囲まれながら、どうにかこうにか微かに風に乗る森の気配にすがった。

 どんどんそれが近付いて来ている。

 私の胸も高鳴る。

 寝不足と夢見の悪さからくる、ささくれた心も潤うというものだ。

 久しぶりに、深く呼吸が許されるのだ。

 力強くありながらも、静けさに満ちた森の生気こそが魔女の娘の求めるもの。

 森こそが私の命の源だ。


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 追いついたエルさんが、横に馬をつけて来た。

 地主様に頭を軽く下げると、私の方を見てにっこりと笑い掛けてくれる。


 それに気を良くして、エルさんの方に向って両手を伸ばした。


 どうせ一緒に乗るのなら、穏やかな気質のエルさんの方が良い。

 そんな意思表示も込めて身を乗り出すと、エルさんは困ったように笑いながら首を横に振って見せた。

 それから頭を下げて、地主様の後ろに馬をつけてしまった。


 諦め悪く両手をさ迷わせていると、地主様に「しっかり掴まっていろ」と言われた。


 答えないでいると、ため息と共に回る腕に力が込められてしまった。